本当は怖い愛とロマンス
その後、タクシーに乗り込み彼女を自分の家に連れて帰った。
ポケットに入れたままの携帯はずっと鳴りっぱなしだった。
多分、谷垣や西岡や仕事のスタッフ、それに奈緒からだと言う事は分かっていた。
でも、俺は目の前にいる彼女を見ていると、不思議とその電話への言い訳を考える事さえも苦にはならなかった。
俺はグラスにジャックダニエルを並々注いで氷を入れると、それを一口飲む。
恵里奈にはオレンジジュースをグラスに注いで、ソファに座っていた恵里奈に渡した。

「お前は、酒飲めないだろ?病人なんだから。」

「本木さんこそ、仕事大丈夫なんですか?さっきからずっと携帯なってるから。」

テーブルの上に置いてある携帯を見つめながら、恵里奈は申し訳なさそうな顔をして、オレンジジュースを一口飲んだ。

俺は、恵里奈の顔を見ると思い出した様にテレビの横に飾っていたアコースティックギターを手にとり、ギターを鳴らす。

恵里奈は俺の顔を幸せそうに見つめながら、歌出だした俺の歌にうっとりと聞き入っていた。
あの全国ツアーの最終日、ぽっかりとマイクスタンドの前の空いた席を俺は見つめていた事を思い出した。

俺の歌を聴きたくて、ライブを待ち望んでいたファンの前で歌うのは気持ちがいい。
でも、たった1人の人の前でだけで歌を歌うのはもっと気持ちがいい。

何曲か歌った後、恵里奈が拍手をして1人だけの観客のライブは幕を閉じた。

俺はタバコをふかしながら、グラスを片手に外のテラスに移動した。

「すごい星が綺麗。」

恵里奈は遠目から夜空を見つめて、俺にそう言った。

その言葉を聞いた俺はテラスまで、彼女の手を引いて連れ出すと一緒に外のベンチに座り星空を眺めながら、嬉しそうに夜空を見上げる彼女を見つめて思った。

ずっとこのままこんな何にもない時間が続いていけばいい。

空いた彼女の左手を自然に俺の右手が繋いでいた。

彼女はそれを見て、少し顔を赤らめて嬉しそうに微笑む。

その時、リビングに置きっ放しで鳴り響く携帯電話の画面には「奈緒」の名前が映し出されていた。













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