本当は怖い愛とロマンス
あれから徹夜で曲作りに没頭し、クタクタでスタジオを出ようとした時、谷垣に殴られた口の横が腫れ上がっている事に気付く。
俺は殴られた時、殴られたって仕方ないって思った。
そして、自分が今やっている行動や振る舞いは浅はかで子供の様だと解っていたからだ。
俺がはっきりとさせなきゃいけない事もあるって事も。
俺は、ポケットにしまっていた携帯電話を取り出すと、朝聞かずに放置していた奈緒からの留守番電話を聞いた。

(私けいちゃんの中で、ずっとかっこ悪い女になりたくなかった。強がる事で、ずっとけいちゃんのそばにいれたから。でも、本当は私かっこ悪い女なんだ。本当は電話するつもりなかったけど、やっぱり会いたい。)

メッセージの中の奈緒は泣いていた。
俺は奈緒に電話をかけると、スタジオから近いカフェに奈緒を呼び出した。
窓際の席でコーヒーを飲みながらタバコを吸っていると、外のガラス越しに仕事終わりの奈緒が俺に向かって笑顔で軽く手を挙げた。
店内に入ると一目散に俺の前の椅子に座り、嬉しそうに頬杖をつきながら、俺を見つめた。

「お前もコーヒーでいいか?」

俺はその奈緒の様子に今から話す話に気付かれない様にずっと平常心を装っていた。
コーヒーを指差して店員に同じものを注文すると、静寂の時間を繋ごうとした。
そうしようとすればするほど、焦ってタバコを消してはまた新しいタバコを吸ってという行動を繰り返してしまう。

「けいちゃん、ミュージシャンなんだから、タバコもほどほどにしなよ。ちなみに酒も喉に良くないし。今日は特に普段よりも吸いすぎ。これは没収。口の横腫れてるけど、なんかあった?」

奈緒は俺の顔をマジマジと見ながら、咥えていたタバコをとりあげ二つ折りにして灰皿に捨てた。
それと同時に店員がコーヒーを運んで奈緒の目の前に置くと、溢れ落ちそうになるくらい吸い殻が溜まった灰皿を去り際に下げていった。

俺はいよいよ話さなければいけない状況なのだとわかると、残っていたコーヒーを全て飲み干し、奈緒の顔も見ずに話を切り出した。

「あのさ…」

奈緒は俺の声に何を言い出すかと思ったのか、聞き入る様な顔でコーヒーから俺へと視線を移す。

「お前が言ってたかっこ悪い女ってなんだよ?」

奈緒の顔を見ればみるほど、俺は言葉が出てこなくなり、咄嗟にさっき聞いた留守番電話の話をしてしまった。

すると奈緒はその問いかけに溜息をついて言った。

「諦めきれないって事かな…多分、私は、女としてけいちゃんに見向きもしてもらえなかったのに、間違いでも一緒の時間を共有した。だから、夢だって解ってても覚めたくないって思っちゃった。そんな女、かっこ悪いでしょ?でも、今4日ぶりに会ってやっぱりけいちゃんが好きだって思えた。けいちゃんからの電話をずっと待ってた私って本当馬鹿だよね。」

その言葉に、俺は胸がちぎれそうだった。
奈緒はきっと、今、俺が言おうとしてる言葉を聞いた瞬間、どう思うかを想像しただけでますます話を切り出せなくなったからだ。
話を切り出さない俺に待ちくたびれたのか、腕時計の時間を確認した後一気にコーヒーを飲み干すと、店を出ようと席を立った奈緒に俺は言った。

「ごめん。あの日お前だけを好きになろう、大切にしようって誓ったけど、それが出来なくなったんだ。」

奈緒はその言葉にさっきまでの表情が徐々に崩れていく。

「こんな事言うの最低だって解ってるけど、あの日の事は、なかった事として忘れてくれないか?」

奈緒の目には涙が伝っていて、俺はその表情を避けるかの様に深く頭を下げた。
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