本当は怖い愛とロマンス
顔をあげるのが恐かった。
今、奈緒はどんな顔で俺を見ているのだろうか。
蔑んだ顔?それとも軽蔑した目?
もしくは、まだ俺に少しでも愛情があるならば、悲しい目で俺を見てくれているのか?
ゆっくりと顔をあげたと同時に奈緒に右手の平手打ちをおみまいされた。
パチンと言う感高い音が、静寂の中に響き渡る。
俺は痛みよりも先に奈緒が心配だと言う気持ちが先行して、とっさに去ろうとした奈緒の腕を掴んで抱き寄せていた。

「本当にごめん…」

あの日は出来なかった奈緒への優しい行動が怖いくらいにスムーズに出来る自分が、恥ずかしかった。
それに加えて、謝罪の一言しか頭に浮かんでこない自分も。
もう何年もちゃんとした別れを女に対して告げていないせいか、こういう状況で気の利いた言葉や優しさも浮かんではこない。
しかし、奈緒にはその行動は言い訳に過ぎなかった。

「本当に最低…」

そう言って俺の身体をつき飛ばした奈緒が顔を上げる。
顔をくしゃくしゃにして目には今にも溢れそうな大粒の涙が、再び浮かんでいた。

「でも、けいちゃんを嫌いになれない私の方はもっと最低。」

店を去っていこうとした最後に見た奈緒は笑顔で俺に微笑んだ。
そして、同時に泣いていた。

奈緒は俺よりも「自分を最低だ」とののしった。
それは、奈緒自身がまだ俺への男としてへの愛情をはっきりと自覚していたからだろうか。

俺は大きなため息をつきながら、椅子に腰を下ろすと携帯電話を取り出し、画面を見つめる。

そう、いつも、俺が関係をもった女と別れた後に一番最初にやる事だった。

連絡の登録一覧の名前から奈緒の名前を見つけると、俺の指先は止まる。

ムシのいい話だが、奈緒とはずっと友達のままで一緒に過ごして行くものだと思っていた。
もし、男女間に別れがあるくらいなら、ずっとこのままなかった事にしてお互いに、知らないふりをしてればいいとさえ考えていた。

躊躇う指先が消去ボタンに向かう。

でも、さっき解った。
俺と奈緒はもう元の関係にはきっと戻れない。
奈緒が俺を想えば想うほど、俺達の関係は壊れていく。

消去ボタンのOK画面を押した後、俺はすぐに店を後にした。

家に帰る途中、車の中で適当に合わせていたラジオで流れていたのはビートルズの[You Really Got A Hold On Me]だった。
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