本当は怖い愛とロマンス
外に出てしばらく歩いた時、報道陣の1人が俺に気付き芋づる式に束になって他の報道関係者も俺の方に全速力で近付いてきた。

「本木さんの自宅にいた女性が昨日、刺されたんですよね?その女性と本木さんとはいったいどういう関係なんですか?」
マイクが顔に当たるくらい近い距離で向けられ、フラッシュとテレビカメラが何台も見える。

何も答えず目も合わせず、不機嫌そうな顔をして自宅の鍵を回した。

「昨日付き添っていた病院に警察の方もこられたとか?まだ、被害者の女性が目を覚まされてなくて、まだ事件の状況も解ってないんですよね?どうなんですか?」

自宅のドアを開けると、中に入ってこられないようにすぐに鍵を閉めた。

その後もチャイムと俺に質問を投げかける声がしばらく何度も響き渡っていた。

何とか自宅に入ってこられた俺は、さっきの人の波に頭痛がして疲れた様にドアの前で大きなため息をつく。

すでに裏口から自宅の中に入っていた事務所のスタッフが心配そうに俺を見つめている。

「本木さん、大丈夫ですか?」

「ああ…問題ないよ。彼女は?」

事務所スタッフに案内されてベッドルームまで行くと、機材と呼吸に繋がれた恵里奈の姿がベッドに眠り横たわっていた。
俺はその姿を確認した後、少し安心したのかリビングに行くと、ソファに沈みこむ様に身を任せた。
テーブルに置いてあったタバコにすぐさま火をつけると、ポケットに入れたままだったICレコーダーを思い出し、その事務所スタッフにそれを手渡した。

「それ、谷垣さんが会社に出勤する事があったらチェックしてもらって。それでOKならスタジオで歌入れして出来上がってる方の音源がスタジオにあるから、脚本家にそのまま聞かしてくれていいから。」

「わかりました。失礼します。」

用件が終わり、どっと体に疲れがでて久しぶりに早くぐっすりと眠りたいと思い、帰りを促すようにその事務所スタッフを俺が玄関まで見送る。
貰ったICレコーダーをカバンにしまいスタッフが玄関のドアに手を掛け出て行こうとしたが、急に立ち止まり、再び俺の方を振り向いた。

「本木さん、マネージャーってまだ決まってないんですよね?」

「ああ。まあ。今はレコーディング期間中だし、テレビ局に出入りすることもないし。移動するなら週1のラジオくらいだから、自分の車で行けるしな。」

頭をかきながら、不思議そうにその問いかけに応える。

「こんな事、恐れ多いんですが…俺を本木さんのマネージャーにしてください。俺、さっきの本木さんの彼女を守る姿を見て決心しました。俺、ずっとファンでいつか本木さんを側で支えたいって思って会社に入社したんです。お会いする機会なんてなかったから諦めてたんですが…諦めてばかりでチャンスを潰してたのは俺なのかなって…さっき思ったんです。」

俺はその言葉に、リビングに戻ってとってきたスペアキーをそのスタッフめがけて放り投げた。

「名前は?」

俺の行動に呆気にとられたようにびっくりした顔でこちらをしばらく見ていたが、緊張したように上ずった声で応えた。

「俺の名前は、増田龍之介といいます!」

背筋を伸ばし、真っ赤な顔をして天井に目線がいった増田に俺は思わず口元を緩ませた。

「じゃ、龍之介、明日から 俺の事宜しくな。事務所には俺の方から言っておくから。俺の番号は事務所の中西に聞いておいてくれ。」

「えっ?」

パニック状態の増田を俺は玄関の外まで出すと鍵を閉めて、1人でゲラゲラと笑う。

久々に見た純粋な人間に俺は、イタズラ心が駆り立てられて、からかいたくなってしまったのだ。

でも、それと同時に俺は嬉しかった。
まっすぐな目で俺を見る濁りのない視線と熱意が、まだ業界には汚れきってないなかったからだ。
なぜ、嘘がつけない絵に描いたような馬鹿正直な増田を谷垣が俺の前に巡り合わせたのか解らないが、久しぶりに俺は恵里奈の眠る横で死んだように眠る事が出来た。






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