本当は怖い愛とロマンス
俺は椅子に座りながら、コーヒーを啜り、立ったまま、歌詞を書いた紙に無言で目を通す中田の表情を上目遣いに見ていた。
しばらくすると、中田は、歌詞を読み終えて、俺の方を向くと、興奮気味に大きな声を張り上げた。

「やっぱり、本木さんは、天才ですね!俺、本木さんのマネージャー出来て、今日がなんか一番幸せです。」

急に眉間に指を添えると、目に涙を浮かべながら、深々と頭まで下げてきた。

「大袈裟なんだよー!お前は。まだ、歌詞も途中だし、曲もつけてないし。感情の起伏が激しい奴だなぁ。」

すると、中田は何かを思い出したような顔をして、言った。

「でも、珍しいですね。本木さんが詞から書くなんて。いっつも曲、作ってから詞考えてるじゃないですか?それに、なんか、詞の中に出てくる言葉もいつもと違って、真面目ですね。もしかして、これって、久々のバラードですか?」

「まぁ、…たまには、俺だって、そんな時もあるだろうが。それに、なんとなく、バラード書きたい気分になってな。」

確かに、俺は、曲線派で、いつも曲を考えてから、曲に合う歌詞をつける。

歌詞には、ストレートな言葉を入れずに、いつも遊びで適当な言葉を入れる方が多いのだが、この歌詞だけは、何故かいつものお決まりの照れ隠しの冗談に逃げるはずの俺が、そのまま、素直に、さっきの渚に抱いた感情を歌詞で伝えてみたい気持ちになった。

不思議だった。

歌詞が自然に降りてくるという気持ちはこういう感覚をいうのだろうか。

「なぁ、中田、お前は、昼間のカフェで会ったカップル見てたよな?」

歌詞をまだ真剣に見つめていた中田に、俺は、ポケットからタバコを取り出してから、タバコをくわえ、ライターで火をつけると、煙りを吐き出しながら、横目で、中田を見ながら、聞いた。
中田は、その質問に、急にニヤニヤしながら、笑い出す。

「ええ。まさか、あのカップルの女の子の事気に入ったとか言わないですよね?前みたいに、僕に電話番号今から聞いてこいとか無理強いしたりして。」

俺は、中田の態度に苛立ち、我慢できずに怒鳴りつけた。

「あのなー、俺は、真剣に聞いてるんだよ!」

すると、中田は、怒っている俺の表情にいつもの冗談ではないと、やっと気づいたのか、テーブルに歌詞が書いてある紙を置くと、俺の言葉どおり、真剣に答え始めた。

「悪魔でも僕の意見ですけど、なんていうか彼女を見た時、なんか不思議だったっていうか…」

「なんでだよ?」

「なんか彼氏の前で冷静すぎて、恐いっていうか、彼氏に殴られても、逆に、睨み返すような女ですよ。普通は、女なら泣いたり、取り乱したりするでしょ?男は、それに負けて謝るとこあるじゃないですか?なのに、さらに彼氏を睨み返すなんて、普通ありえないでしょ。逆に本木さんに説教されて、泣いちゃうなんて。まるで、本木さんに気があるみたいに見えましたよ。」

「馬鹿。そんなわけないだろ!あんなのただ気が強いだけじゃないの?喧嘩の弾みだろ?思った事とは別の事言っちゃうっていうさ。」

「気が強いとかそういうのとは違うんじゃないですか?あれは…そうだな、あえて言うなら…」

中田が言葉を続けようとした瞬間、上着に入れていた携帯電話が鳴る。

電話の相手は、小学校時代からの親友の孝之だった。
都内でバーを経営している孝之は、自分の店で、毎年、恒例になった高校時代の後輩の奈緒の誕生日パーティーをするから来てくれという誘いだった。

俺は、テーブルに置いていた詞を書いた紙をそのままにしたまま、椅子から腰を上げた。

「悪いな。急な用事が出来たから、明日の打ち合わせは、お前だけで、適当にやっといてくれ。お疲れー!」

「ちょっと、またですかぁ…本木さん!」

呆れた顔をした中田をスタジオに置き去りにしたまま、俺は、スタジオを後にした。

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