本当は怖い愛とロマンス
病院の暗い霊安室の中で、恵里奈の傍らに置いてあったパイプイスに座り、自分でも半ば生きているか死んでいるかも解らない様な状態だった。

死因は心臓発作だった。
もともと移植した心臓の機能がまた弱っており、直ぐにでもまた手術をしなければならない状態だった。
でも、恵里奈はそれを拒否し続けた。
それは移植した心臓が死んだ渚のものだったからなのか、彼女はずっと病院からの申し出を拒み続けた結果命をすり減らした。
そして、あの日、俺の別荘から出た後傘もささずに雨に濡れて急速に身体が冷え込み体温が下がった事で弱っていた心臓に負担がかかり、心臓発作を引き起こしたのだと言う。
また過度のストレスもあったのだろうと医者は告げた。

俺は確かに恵里奈を救えたのだ。

俺は愛を信じきれず、彼女を拒絶し、そして、彼女の気持ちを試した事で二つの大切なものを失ってしまった。

それは愛と心だった。

「本木さん!」

息を上がらせて霊安室のドアを開けたのは龍之介だった。

病院からの電話を受けて俺に何かあったのかもしれないと思い、直ぐに東京から車を飛ばして駆けつけてきたんだと言った。
俺に何もなく一瞬ほっとした表情を見せたが、傍らで顔に白い布を被せられて横たわる恵里奈を確認した後、心配そうな表情で俺のそばに来て涙をいっぱい溜めて肩を震わせて泣いていた。

「こんな事今更言うのは酷なのかもしれないですけど…以前彼女を病院まで車で送った時、僕にはっきりと言ったんです…本木さんの事を愛してるって。でも、自分には気持ちを伝える資格も愛する資格もないんだって…だから本木さんの姿を見て想い続けるだけの見守る愛情なんだと言ってました。どこか寂しそうだったけど、本木さんの話をする時だけは優しい目をしてました。僕は、正直彼女の事は良くは思ってなかったんです。でも、きっと彼女みたいな女性なら本木さんも幸せになれるんじゃないかって感じたんです。」

俺はその言葉に口元を緩ませる。

「俺はきっと恵里奈を受け入れたとしても、彼女とは本当には幸せにはなれなかった気がするよ……相容れない関係だ…。」

龍之介はそんな事はないと涙を流しながら俺に言った。
しかし、それ以上、俺が反論する事も肯定する事もなかった。
自分の中で無理矢理納得し全ての言葉を飲み込む事で、幸せな考えなどは浮かばず、苦しみが少し楽になった気がした。
俺は霊安室から出ると、ドアの前で全身の力が抜けて座り込んだ瞬間、気を張っていたせいか涙が止まらなかった。

俺と恵里奈は出会うべきではなかったのかもしれない。
彼女を純粋な心の目で見て愛するには、色々な事を知りすぎてしまった。


しかし、はっきりと自覚した感情が溢れ出して止まらなかった。
涙を拭っても溢れ出す。
静まり返った暗い廊下で俺の泣き声だけが響いていた。



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