本当は怖い愛とロマンス

恵里奈が亡くなり葬儀が済んだ後、心にぽっかり穴が開き、仕事も休業し引きこもりがちだった俺に仕事の話が舞いこんだ。
それは以前、ドラマの主題歌の依頼で作ったボツになった未発表曲を次のクールドラマに是非使わせてほしいという作家が直接事務所に電話してきたのだときいた。
主題歌として起用を決めていたプロデューサーが台本を最後まで読み、以前きいた俺の曲がイメージにぴったりだったと脚本家に提案したのだと言う。
そこから話は龍之介を介して着々と進んでいた。
俺は、その話を電話で聞いた時、正直嬉しくはなかった。
もう音楽に対しての情熱さえも失いかけていたからだ。
そして、あの歌は恵里奈の為に作った歌だったからだ。
あの歌の歌詞を見ると、胸がかき乱され、苦しくなる。
もう見る事も歌う事もしたくない歌だった。
それにあんなに毎日触れていたギターや音楽にも触れなくなり、俺の手には何かをごまかし逃げる様に酒のグラスが握られていた。
このままじゃいけないとわかっていた。
ただ、毎日喉を酒で潤す度に全てを忘れられた。
何も考えずに過ごしていく毎日に俺だけが立ち止まったまま取り残され、時間が止まっていた。
それは、ただ誤魔化し知らないふりをする事で先に踏み出す時間を見ずに済んだからだ。
時計の針が夕方の5時を回ったのに気づくと、俺はグラスを置くと慌てて服を着替え、道端でタクシーを拾った。
タクシーが着いた先は、警察署の前だった。
今日は、奈緒が無実を証明され留置所から釈放される日だと弁護士の電話で聞いていたのを思い出したからだ。
警察に着くと入り口の前には、先に着いていた孝之の後ろ姿が窓越しに見えた。
タクシーから降りると、静かに俺は歩み寄り一言声をかけた。

「久しぶりだな…」

振り向いた孝之は俺の無精髭にやつれた頬、随分と変わり果てた姿を見て何かを悟ったような目をして言った。

「何でだ?何で…連絡してこなかった?」

俺は、孝之から目線逸らしたまま答える。

「関係ねぇよ…連絡する様な事なんか何もなかったんだ…」

そう言った俺の腕を掴み、自分の方に引き寄せると上着のポケットから隠し持っていたウィスキーの瓶を引っこ抜いた。

「これが、何もないわけないだろ?」

孝之はため息をついて、ウィスキーの瓶の蓋をあけると、中に入っていた残りのウィスキーを全て地面に流した。
そして、孝之は俺を思いっきり腕を振り上げると力一杯に殴りつけた。

「佳祐、こんなもんで何かを誤魔化したって何の意味もないんだよ…」

俺は地面にたたきつけられた反動で痛む身体を地面から起こすと、手の甲で雑に血を拭った。
そして、孝之の胸倉を掴むと数センチのところまで顔を近づけて睨み付けた。

「お前のその濁りのない目は、今の俺を蔑んでるようにしか見えないんだよ。お前に今の俺の何が解る?正しく生きる事が幸せなら
、今の俺にはそんな幸せな明日なんてないんだよ!」

孝之から乱暴に胸倉を離して、舌打ちをする。
そんな俺の姿を見て、孝之は心配そうに見つめていた。
そんなただならぬ空気が流れているところに、警察署から釈放された奈緒が出てくる姿が見えた。
そっぽを向いている俺と孝之に駆け寄ると間に割って入るようにやつれた顔で何かを察し、満面の笑顔で俺と孝之の腕を掴む。

「久しぶりに三人集まったんだから、ご飯でも食べに行こ。」

俺が振り払おおうと、腕に強く力を入れるとそれ以上の力で跳ね返される。

強い力で引っ張り、しばらく歩いた近くのカフェに入ると、店の中を見回すと見覚えのある空間、そこは恵里奈と初めて出会った店だった。
そうわかった途端、気分が悪くなり一刻も早く店から出たい気持ちだった。

「ここ美味しいって有名なんだよ。」

そう言いながら案内された席に無理矢理引っ張っていこうとする美奈をさっきより力を込めて振り払うと、何も言わずに不機嫌な顔で店の外に出て行った。

ポケットに手を突っ込み、取り出したタバコをくわえ火をつけると、早足でタクシー乗り場まで歩いて行く俺を店から出てきた美奈が小走りで駆け寄り引き止めた。

「けいちゃん、さっきからずっとどうしたの?私なんか気に触るような事した?」

俺は何も言わずに美奈がいないかの様に無視をして、タクシー乗り場の最後尾の列に並ぶ。

「迷惑だった?出れるようにしてくれたのはけいちゃんに頼まれたからだって弁護士さんにきいた。」


俺は、その言葉に美奈に顔にギリギリまで近づけ、鋭い目つきで睨みつけると言った。

「ごちゃごちゃうるさいんだよ…孝之もお前も…俺の機嫌が心配なら、とっとと目の前から消えてくれないか?」

そう言い放つと俺は再び目線を外し、さっき並んでいた場所に戻った。
奈緒は眼にいっぱい涙を浮かべ右手で涙が溢れるのを抑えながら、離れようとはせずに震えた泣き声混じりに言った。

「けいちゃん、あの時と同じじゃじゃない!」

ちょうどその時タクシーの順番がきて、逃げるようにタクシーに飛び乗る。
窓を軽く叩きながら静止しようとする奈緒と目も合わせず、俺の方をじっと見つめるタクシーの運転手に行った。

「早く出してください。」

タクシーは奈緒を振り切るように走り出した。
奈緒が見えなくなった後、俺は前の椅子を蹴り上げた。
タクシーの運転手はびっくりして身体を一瞬ビクッとさせる。

わかってるんだ。
早く現実に戻らなきゃ明日を見なきゃいけないと。
でも、外にいても家の中にも恵里奈の面影や思い出が不意に頭を過る。
行き場を無くした苛立ちは関係のない周りに当たり散らす。
それにまた、俺は苛立ってしまう。

愛なんて優しさや同情などいらない。
誰かを傷つけ傷つき苦しむくらいなら、ずっと孤りで俺はいいと思っていた。










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