生えてきた男
 その声が聞こえ出したのはいつからだっただろう。

 ジョギングを始めて、1週間ほど経過した頃ではなかっただろうか。

 池とは逆側、つまり進行方向左手には、竹を2つに割ってジョギングコースと平行に地面に突き刺し、綺麗に並べられた柵が続いている。

 天然の竹を使っているので、多少不揃いではあるが、60センチ位の高さはあると思う。

 初めは若緑色だった竹も、月日の経過とともに、今ではクリーム色に変化していた。

 と言っても今は暗くて見えなかったが。

 その竹の柵の向こうには、見上げる程の背丈の木々が生い茂っている。

 野鳥の棲家という事だったが、ジョギングを始めてから、まだその声を耳にした事はない。

 昼間だったら、きっと聞こえるのだろう。

 木々の密度が高いせいで、その先を見る事は出来ないが、10メートル程向こうに、歩行者と自転車が通る道がある。

 そこもまた池の周りに沿って円形に続いていた。

 要するに中心が池で、ベンチがある空間、ジョギングコース、木々のスペース、歩道がその周りを囲んでいるというわけだ。

 俺は、3周走ったところで、歩道へ続く木々の間の道へ入り込んだ。

 歩道に出るまでの約10メートル、そこを歩いている時に聞こえてくる奇妙な音。

 いや、それは声に近かった。

 最初は、木の間に酔っぱらいでも倒れているんじゃないか、それとも、ベンチじゃ物足りなくて、その辺

で事を済ませている奴らの喘ぎ声なんじゃないかと思っていた。

 しかし、何度も耳にするうちに、俺は、自分の名前が呼ばれているような気がしてならなくなった。

「マサヒコ」

 それが俺の名前だ。

 だけど、一体誰が?

 
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