風が、吹いた
小さく開いたドア。



それに手を掛けると、ギッと軋む音がして、中が見えた。



ずぶ濡れなままで家に入るのに、少しだけ、気が引けたが、



そんなことはどうでもいいと、思いなおして、足を進めた。



誰もいない部屋。テーブルも、椅子も、モスグリーンのソファも、そのまま。




だけど。






「…言ったのに」




体から、力が抜けて、その場に座り込んだ。




「好きだって…言ったのに」




ぽたり、ぽたりと温かいものがスカートに落ちる。





―素敵な家ですね






―んー、まぁ、大家さんの趣味だけどね。俺は何にも持ってきてないし、買う余裕もないから








―しいていえば、本は俺のだけどね









ソファの向こう、壁に沿って立っている棚は、空っぽだった。


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