風が、吹いた




陽が沈んで、大分暗くなった道端。



駅から少し離れた路地に入った所にあるフリュイは、赤い屋根のオレンジっぽい建物で、窓から暖かい白熱灯の光を溢していた。








「忘れる」








ちゃんと、笑えただろうか。



言った途端に強く抱き締められて、確認することもできなかった。




応えようとゆっくりと回した腕に伝わる震えが、浅尾のものだとわかると、彼が今まで長い間、自分を押し殺して、私と同じ想いをしてきたということが、手に取るように理解できてしまった。






「浅尾のこと、好きになる」








暫くの沈黙。




「本当に?」




やがて、ぎゅっと抱き締める力はそのままに、掠れた声で彼が私に問いかける。



「…うん」




強く引き寄せられているために、頷くことができずに、声だけで答えた。




「…やばい。すげー嬉しい。どうにかなりそう」




これ以上はないと思っていたのに、さらに力が籠もる。




「ちょ、浅尾、く、苦し…」




回した腕で、ぽんぽんと背中を叩けば。




「悪い」




慌てて、解放された。


< 380 / 599 >

この作品をシェア

pagetop