風が、吹いた


私が、佐伯さんと初めて出逢ったのは、高校生活が始まって1ヶ月経った頃の事。



友人も作らず、毎日独りで帰っていた。


途中、大雨に降られ、雨宿りのつもりで、この店の軒先に入り、止むのを待ちながら予報外れの空を睨んだ。


文字通りの土砂降りで、心の中も土砂降りで、濡れた髪が冷たくて。


どうにかなりそうな位、気持ちが重たかった。




『うわー、、すごい雨だなぁ』




突然、後方からカランカランと音がして驚いた私は、はっと振り返った。



同時に、温かい空気とコーヒーの香りが一気に漂ってくる。



白髪交じりの中年男性が、雨の様子を見に来たようだった。



空を見て、私を見た。



眼鏡の奥の目は、微笑んでいた。





『温かい飲み物を、ご馳走しようか。』





静かな、とても静かな、そして穏やかな声だった。




油断していると涙がでてきてしまうんじゃないかと思うほど。
< 8 / 599 >

この作品をシェア

pagetop