狂気の王と永遠の愛(接吻)を・センスイ編収録

感じる優しさ

自室へとひとり戻ってきたアオイは膝の包帯を気にしながらも、どうにか湯浴みが出来ないかと考えていた。


「場所が場所だから…濡れないようにっていうのは難しいかしら…」


―――コンコン


するとアオイの背後から扉を叩く音が響いた。


(アレスかな…)


冷静になってみると随分彼にひどい言い方をしてしまったと罪悪感が込み上げてくる。


「はい…」


アオイの声が返ってくると、扉の外側にいた人物がゆっくり姿を見せた。


「失礼いたします。おかえりなさいませ姫様」


「カイ…」


アオイが帰宅したと聞きつけてやってきたのだろう。
世話係のカイはほとんどの時間をアオイの傍で過ごしているのだ。


「アレスから聞きました、お怪我をなさってるそうですね?」


「…うん」


あまり語ろうとしないアオイにカイはそれ以上聞き返す事はなく、手に持っていた何かで膝を覆い始めた。


「…それは?」


「どうぞお座りください。これは雨の日に纏う外套と同じ素材で出来た布です。水にはとても強いので…湯浴みの際、アオイ様に使って頂こうとアレスが用意していたものを拝借してきました」


「アレスが…?」


「はい、この怪我…何か理由がおありなんですよね?アレスが珍しく難しい顔をしていましたよ」

おそらく"アレスが容易していたものを拝借"と言っていたカイだが、アオイに激しく拒絶された彼がこちらを気使ってカイに託したものだろう。


この三人はとても仲が良く、じゃれあう事はあっても本気の喧嘩に発展したことなどほとんどないのだ。必ず第三者となった者が仲裁に入り、二人の仲を保とうとする。
そして現時点の仲裁者にあたるのがカイというわけだ。


「アレスに悪いことしちゃった…」


あれだけひどい言い方をしたにも関わらず、こうして優しさを見せてくれるアレスに胸が苦しくなる。


「…俺たちがアオイ様に出来る事なんてほんのわずかですからね。キュリオ様に比べれば頼りなく感じるかもしれませんが…姫様に必要とされることが、俺たちにとって生きがいみたいなものなんです。どうか嫌わないでやってください」


可愛い妹に理解を求めるような、ちょっぴり大人なカイがとても頼もしくみえる。


「…皆に気を使わせるなんて…私はまだまだ子供だね。それに…二人が必要ないなんて、一度も思ったことないよ?」


「ありがとうございます。しかし、アオイ様は学園に通うようになってとても成長されました。以前はキュリオ様にべったりでしたからね」


右膝へ布を巻き付け終わったカイは、左膝の作業へと取り掛かる。


「お父様にべったりだなんて…そ、そんなことは…っ…」


顔を赤らめてカイの指摘に首を振るアオイ。


「いいえ、一番寂しさを感じているのはキュリオ様かもしれません」


「…お父様が…?」


「ええ、間違いなく」


「……」


にっこりと笑顔を向けられ、押し黙るしかないアオイ。
もしかしたらアランとして学園に潜入していたのは、単純にそういう理由からかもしれない。普通では考えられない事かもしれないが、キュリオなら遣りかねないのだ。


「これでよし、お待たせいたしました。きつめに巻いておりますので、湯浴みが終わったら必ず外してくださいね」


「うん、ありがとうカイ。あの…、アレスにもありがとうって…」


「はい。伝えておきます」


アオイから良い言葉が聞けたと、満面の笑みで湯浴みの準備にとりかかるカイ。


彼女の部屋の湯殿は、キュリオの部屋にあるものと全く同じで、常に一定の温度と清らかさが保たれている。


そしてそれはキュリオの力により治癒の力を秘めているため、本人が気付かないほどの小さな傷はすぐに完治してしまうのだった。


そして歩き出したアオイの後ろを大きめのタオル、丈の長いシンプルなドレッシーワンピースを手にしたカイがついて行く。


「では、俺は一度失礼いたします。ごゆっくりどうぞ……あ、料理長のお弁当、俺がうまくやっときますからご心配なく」


「ごめん…本当にありがとうね、カイ」


礼を言うアオイに微笑んだ彼は一礼して部屋を出て行った。


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