気づいた唇 


昨日、春物の新作リップを手に入れた私は、心なしか気分が浮いていた。
グロスのような艶の出る桜色のリップは、まだ肌寒いこの季節でも気分を春色にしてくれる。

弾む足取りでエレベーター前に向かったら、丁度ドアが閉まり行ってしまった。

あ~あ。

なんて、逃したエレベーターに向かって僅かに思ってみても、リップの効果が効いているから。

こんなこともあるよね。

なんて、気持ちも大らかになっていた。

次のエレベーターを待っていると、少しばかり急ぐような足取りが近づいてきた。
その足音には、聞き覚えがある。
振り向かなくてもわかるんだ。

きっと彼だ。

足音が止まり、少し距離を置いて立つ横を見れば、ほらね。
彼だ。

私に気づいた彼が、笑顔つきで会釈をする。

いつもなら私も会釈を返すだけなのに、気分がのっているせいか。
なんとなくできた、二人っきりという今この瞬間のせいか。
会釈のほかに、つい弾んだ挨拶をしてしまった。

「おはようございます」

声に出してしまってから、自分でも驚いた。

彼も、まさか私が声をかけてくるなんて思っていなかったんだろう。
少しだけ面食らったような、ちょっと驚いたような彼の顔が私をみた。
その瞬間に、どっと押し寄せる恥ずかしさ。
何を調子に乗っているんだ。と思わず、下を向きそうになったところで彼が応えてくれた。

「おはようございます」

瞬間、花が咲いたみたいに恥ずかしさが吹き飛んで、満面の笑顔になってしまう。
我ながら、とても現金だ。


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