手の届く距離
「顔はまあ、ぎりぎり男前ってとこかしら。なんか可愛くていいわぁ。」
点数高いわよ、と化粧ポーチを片付け始める晴香を追って、私も立ち上がる。
後輩だったので先輩権限で従順にさせた覚えはあるが、晴香が言うほど男前だと思ったことはない。
「よく仕付けた、ただの大型犬ですよ」
久しぶりに思い出したバスケ部の思い出とともに、先輩との付き合っていたころの甘酸っぱさが胸に広がる。
刈谷先輩と別れてからは大分経つし、次の恋に向かっているが、折角忘れかけていた少し切ない気持ち。
晴香さんと連れ立ってキッチンに入ると、ランチから働いているスタッフに声を掛けながら、ディナータイム忙しさに向かう。
恋愛も切り替えられてるはず。
進展具合は、極めて低速状態だが。
刈谷先輩と別れた後、自信のなさが、知ることが怖くした。
だから、慎重なだけだ。
それに、片思いの時ほど、楽しい時間はない、と自分を誤魔化す。
今日だって、バイト前のあの短い時間、少し話ができただけで至福の時、などと自分でも馬鹿馬鹿しいくらい惚けている自覚がある。
臆病な自分を認識して思わず、ホールに出る直前の晴香に抱きつく。
「まあ、祥子ちゃん。どうしたのぉ?」
「晴香さんのあまりの可愛さにあてられて」
晴香が可愛いことは自他共に認めるところだが、気付いてしまった本音は伏せておく。
「祥子ちゃんは好きけどぉ、今の一番は誠なの。ごめんね」
あとでゆっくり話し聞いてあげるから、とちゃんと掬い取ってくれる。
時間が経てば経つほど、泥沼に足を取られていく気がする。
軽く頭を振って、ようやくバイトモードに切り替えた。