手の届く距離
聞かなかったことにするには、いつも可愛らしく振舞っている晴香さんらしくなく、どこか苛立っているように見えた。
「あの人、限りなく黒だわ」
その後、晴香さんは、女子たちに混じってしまったので、俺はお役御免。
詳細は不明だが、不穏な言葉には間違いない。
10分のうちに何をチェックして、何が黒だったのか。
気にはなるが、聞き出す隙もなく今に至る。
お酒は飲めなくても、その場の雰囲気に馴染むのも、馬鹿をやるのもシラフで大丈夫だったので、女性陣のことは考えないこととして、俺は仲のいいキッチン組の輪に混ざって盛り上がる。
久しぶりのカラオケで、全力の1曲を歌いきったら、喉に違和感を感じた。
はしゃぎ過ぎたのを自覚する。
ドリンクは飲み放題のプランなので、各自自由にドリンクを取りにいくシステム。
隣の人の声も聞こえない中で声を出しても違和感が増幅するだけだと、これ以上しゃべらないように手振りで外に行くことを示して、狭い椅子と机の間をすり抜けて部屋を出る。
扉一枚隔てると、取り囲んでいた大音量が退く。
騒音に慣れた耳は、小さな音を拾い辛くなっていて、こもったように聞こえる。
好きなバンドのライブに行った時もこういう風になったことがある。
一晩寝たら治るだろうと楽観的に考えて、ガラガラの声を潤すためにドリンクバーを目指した。
ファミレスでよく見かけるドリンクバーの機械が鎮座している一角に、ソファーや椅子がいくつか並び、休憩スペースを兼ねていた。
先客には他の部屋の人だろう知らない顔がいくつか。
片隅で話しこんでいたり、飲みすぎてぐったり座り込んでいたり。
携帯を確認すると、由香里からのメールが届いていた。
さすがにカラオケの中では着信音に気づくはずもなく、メールはまだ10分ほど前に届いたばかりだった。