手の届く距離
「由香里ちゃんの彼氏です」

怯えながらも顔を上げる男に、すぐさま言い返すことができなかった。

真偽を問うべく由香里に目を向けるが、目をつぶって顔を逸らしてしまう。

彼氏と名乗る男に目を戻すと、そいつは由香里と俺の間に入って由香里をかばうように立つ。

「そういうこと・・・」

ぐちゃぐちゃに引っかかった紐がするりと解けるように理解する。

呟いて二人から一歩離れて、見えない大きな壁に阻まれた気分になる。

『宗治君』なる男は由香里の肩を抱いて引き寄せると、由香里は抵抗せずその腕に収まる。

俺と突然別れようという話が出たのは、新しい彼氏が出来たから。

「なんだよ。由香里、全然寂しくなかったんだな」

怒鳴りつけたい気持ちをぐっと抑えて静かに伝える。

由香里は肩を震わせて顔を上げず、男だけが困惑した顔でこちらを仰ぎ見る。

でかい男が威嚇をしていて、明らかに華奢な筋肉のない男に守られている、弱い女。

そんな構造になっている自分に気分が悪くなる。

「いい加減にしろよ」

背中が壁に当たるまで後ろに下がって、小さくなっている二人を眺める。

男だけが状況がつかめない顔をしている。

「いつから付き合ってるんすか」

ストーカーではないことはわかったので、素性のわからない『宗治君』に乱暴な口調は失礼にあたる。

黒髪で小奇麗にしている真面目そうな印象の男はおずおずと応える。

「1ヶ月くらい前から」

1ヶ月前といったら大学に入ってすぐの頃。

完全に音沙汰がなかったことなんてない。

二人が付き合ってるのも知らず、能天気ににデートの誘いをしていた自分の道化師ぶり気付いて自嘲する。

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