手の届く距離
「告白してすぐ付き合ったんすか」

「すぐ返事くれたから」

生真面目に答える男にも苛立ちを感じたが、由香里への怒りが数倍大きく沸いてくる。

知らなかったということは、あえて教える気もなかったのか。

由香里の確信犯。

しかも、すぐに返事をしたということは、二股であることとか、浮気である後ろめたさもなかったのだろう。

もしくは、その時点ですでに別れていると思っていたか。

でも、そうだとしたらなぜデートの誘いのメールを続けていたのか。

きっと『宗治君』は由香里が彼氏持ちってことを知らないのだろう、今も。

「今日は何で追っかけてきたんっすか」

彼が追いかけてこなければ、うやむやなまま、由香里の思惑通りだったのに。

納得はいかないし、腑に落ちる別れではないけれど、それしか道がないと思って進むだけだった。

「由香里ちゃんが、嫌がらせのメール送られてて、その人と話をつけてくるって言うから。一人じゃ危ないって引き止めてたんです」

「何の冗談だよ」

あまりの大ぼらに呆れかえる。

「違うの!休みに健太と二人きりで会う建前で」

違うといくら由香里が言ったところで、何も変わらない。

大事なのは、今の彼氏だと公言したようなもの。

好きだと思っていた気持ちが、大きく揺らぐ。

元々色落ちが激しかったところだったが、それでも、必死に上塗りして取り繕っていたつもりだった。

それをこんな乱暴な壊し方をしなくてもいいのに。

「だから、俺はストーカー男になったわけか。ホントありえねえ」

由香里の勝手に振り回された上、犯罪者にされるなんて。

「新しい彼氏さん、ご心配なく。こっちは今、ちゃんとお別れしましたんで、さようなら」

手痛い裏切りをする女と一緒にいたくなくて踵を返す。

なのに、なぜか由香里が噛み付いてきた。

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