手の届く距離

胸を張って見せようとしたら、川原の大きな手が乱暴に頭に乗せられ、いつも私が川原にしているように、髪の毛をぐちゃぐちゃにされる。

無理矢理顔を伏せさせられたことへの抗議をする前に、川原がかなっぺとトシさんを追い払いに掛かる。

「トシさん、かなっぺをお家まで送ってもらえませんか。祥子さんは俺が引き受けます」

川原の有無を言わせぬ態度に、二人も従う。

「お、おう。じゃあ、かなっぺ俺様についてこい」

「何が俺様よ、離れてよ!祥子さん、今晩呑みたくなったら、家いつでも来てくださいね!」

年下なのにお姉さんな様子のかなっぺが、トシさんを追いたてて帰宅の途につく。

顔が上げられないまま、川原の手を止めるべく右手を上げようとしたら、右手は川原の左腕をきつく握ってしまっていた。

「ごめん」

慌てて手を離し、力の入っていた右手を罰するように左手で覆う。

見上げるとたれ目に沿うように、眉毛も情けなく垂れ下がっている。

この顔はよく見た。

泣くのを我慢している顔だ。

弱小バスケ部だったから、いつも1回戦負け。

たとえ弱くたって、一生懸命やったのは間違いなくて、負けるのは悔しい。

私が3年、川原が2年の一緒に臨む最後の試合を思い出しして笑う。

「川原、なんて顔してるの。さ、私たちも帰ろ。川原も原付出して」

笑って目を細めた拍子に、涙で視界がにじむ。

まだ、川原がいるから、こらえなきゃいけない。

慌てて俯き、視界が揺れてよく見えない中で自転車のカギを探る振りをする。

「祥子さんこそ、なんて顔してるんすか。もう誰もいないんで、大丈夫っすよ」

カバンを無闇にかき混ぜていた手を止める。

悔しい。

年下の癖に、懐の深さを見せる川原のことも。

「誰もいないって、川原がいるじゃない」

カバンの中に手を入れたままこぶしをきつく握り締めて、気持ちが膨れ上がるのを必死で押さえる。

あふれた涙に笑顔をはがされ、唇をかみしめてさらに俯くと川原の胸に頭を引き寄せられた。

頬を伝う涙は川原の服に吸い込まれる。

「すみません、俺暗いとこ苦手なんすよ。祥子さん、ちょっと克服できるように手伝ってください」

そんな話、聞いたことない。

部活の肝試しだって、喜んでお化け役を驚かして回っていた。

川原の強引な思いやりに、少しだけゆかぴょんが川原をすがりたくなる気持ちがわかった。

弱さを見せるのを許してくれてしまう。

視界を閉ざされ、人目も強がりも取っ払われた気がする。

「これで俺も祥子さんの顔見えないっすから、これでこの暗がりでじっとできたら克服できたって言えますかね」

あくまで、自分の都合で私と居る、という姿勢を崩さない言葉が、我慢していた糸を切った。

「しょうがないなぁ」

かわいくない強がりが、震えながら口に出るのが精一杯。

「渡せるハンカチなくて、すみません。これで我慢してください」

申し訳なさそうに、川原の小さな声が滑り落ちてくる。

ハンカチがないのも、口実だろうか。

それでも、情けなく気持ちの折れた私の傍に、ただ居てくれる。

その暖かさに、すでに折れた気持ちは少しの力で簡単に倒れる。

何とか広瀬さんの前では耐えたけれど、もろすぎる覚悟は気持ちを折られるのを防ぐことができなかった。

広瀬さんに憧れたひと時は、好きだと思っていた。

それをもてあそばれて、こんな終わり方をしなきゃならないのだろうか。

全て見ない振りをしてくれるという川原のTシャツに顔を押し付けて、必死に気持ちを立て直す努力をした。


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