夫婦ですが何か?
そして彼の左手にはまる自分のそれと類似するデザインの金属触に触れ言葉を返した。
「・・・・心配しなくても夫婦です」
「・・・うん」
「間違いなく私の左指にはあなたの所有物だという印が光ってますから」
「・・・・・【所有物】じゃない」
「そうなんですか?」
「奥さんだもん」
彼の声が響き終わるのを待ったタイミングのようにエレベーターの到着音が鳴り響き静かに浮遊感が消えていく。
カタンと音はぜずともそんな調子に動きを止めた小さな箱が重々しい扉をゆっくりと開き外気を取り入れ始めれば、すっと体を解放した彼が会社の重役の表情に戻っていく。
「ま、今は有能な秘書だけどね」
そう言って最後の苦笑い。
ああ、彼も徐々に私を理解している。
単純にそんな策にはまって口の端をかすかに上げてしまったのは敗因。
上げかけた瞬間に咄嗟にそれを隠すように戻せば、すべて理解しているようにクスリと笑った彼が歩き出す。
ふわりと今日も変わらずに香るほろ苦い匂い。
『有能な秘書』
ああ、その一言で私が歓喜するのを知っていて言ったんでしょうね。
狡いわねダーリン。
うっかり今日は一敗を認め微かな悔しさを胸に、すぐさま彼の少し前を歩きもう慣れ親しんだ部屋の扉を開けた。
直後の驚き。
なんか前にも似たことがあったと瞬時に思う。
扉に手をかけた瞬間に自分が行動するより早く押し開かれた扉。
その勢いで後ろによろめきバランスを崩した体が後ろに倒れかける。
うわっ、転んだら醜態。と、若干その後の姿に落胆し視界には瞬発的にさまざまな物を写し取り倒れていく。
だけどもパシリと伸びてきた腕が私の腕を掴み、床に倒れることなかった体が逆に引き戻され勢いのまま何かに飛び込んだ。
【何か】
それこそが彼の懸念や不機嫌の元であるのに。
気が付いたのはぶつかって顔を上げた瞬間。
見下ろしてくるグリーンアイに瞬時に心臓がドキリとして言葉を失う。
「・・っ・・ごめん千麻ちゃん。いると思わなくて・・・」
「お・・・おはようございます。雛華さん」
何とか切り返せた挨拶を口にゆっくりと異常に密着してしまっていた体を離していく。
そうして捉えたのはいつもの甚平姿。
ではなく、しっかりとスーツに身を包み髪の毛もあの無造作さがなく整っている姿。
美麗。
素直な賞賛を一言でいえばそれしか当てはまらない。
でも本来の彼を知っているからか、やはり彼には少し印象に合わない姿だと思ってしまう。