夫婦ですが何か?
ーーーーONE DAYーーーー
聳え立つ立派な建物を確認するように見上げてからフゥッと息を吐いてから中に入り込む。
風を断ち切って中に入り込めばここばかりはざわめいている広い吹き抜けのロビー。
相変わらず人の往来激しく皆それぞれの仕事に熱して私を通り過ぎていき、スーツ姿が主のそこを派手ではないけれど私服姿で歩きぬけると受付に向かった。
見覚えのない可愛らしく若い女子社員は新人だろうか?
でもこれには好都合だと軽く安堵し声をかけていく。
「すみません。社長に面会したいのですが」
「お約束ですか?」
「いえ、でも・・・【水城】と言ってもらえたら話は通るかと・・・」
「【水城】様ですね。少々お待ちください」
馬鹿丁寧ににっこりと対応する姿が新人らしさを感じさせて、嫌味な古株に負けないといいと心底思う。
彼女が社長室に確認の電話をいれているちょっとした間に懐かしくもある職場を見渡して、最後の日に彼が立っていた2階の手すりをじっと見つめた。
今となってはこれすらも懐かしい思い出なのだ。
ぼんやりとあの日の回想を脳裏に浮かべていれば、不意にアポを取ってくれていた女の子がどこか慌てたように声を上げたのに意識を戻した。
「はっ?あ、いえ・・失礼しました。でも・・はい、いらっしゃる?」
あっ・・・・何かすんごく嫌な予感。
相手の声は聞こえないけれど、多分対応していたのは社長専属の秘書で。
会話の流れからするととても社長にあるまじき行動をとるんじゃなかろうかと懸念する。
今すぐにでも踵を返して帰ってしまおうか。とも思うほど。
でも、さすが黒豹様。
動きが俊足でいらっしゃる。
「千麻ちゃん」
フロアのざわめきを裂く様に響いた声は少し彼に似ていると感じた。
それでもありがたくない現状に久しぶりの再会だというのに眉根を寄せての初顔合わせ。
相手と言えば満面の笑みで片手をあげながらエレベーターホールから歩いてきて、その場にいた社員達が次々と頭を下げていく。
相変わらず彼同様に社長の仮面をつけるのが上手いと感じ、感心もするけれど呆れもする。
一見見目麗しい出来る男であるこの会社の社長様の腹の中は真っ黒なのだ。
「いやぁ、久しぶりだねぇ」
「ご無沙汰しております」
颯爽と歩きぬけた姿が目の前に立ち、さすがにここは深々と頭を下げて言葉を返した。