倦怠期です!
「・・・あぁそうですか。はい、分かりました。ありがとうございますー・・・ん?あ、もしもしー・・・うん、元気ー・・・・大丈夫だよ。成人式は来年だから・・・・・・Okでーす。じゃあねー」

中原さんと話した後、続きでコバちゃんと話をした私は、ニマニマしたまま受話器を置こうとして・・・これは因幡さんのだったと気がついた。

私は「すみません」と言いながら、因幡さんに受話器を渡した。
座っていると、因幡さんの電話まで手が届かないのだ。
それは因幡さんも同じで、私の受話器は、私と因幡さんの境目あたりの机上に置かれている。

「おう。さっきの、天カセ1方向の5馬力で合ってたぞ」
「おおぉ、そうですか。カンナギさん同様、ダイヤさんの型も分かりやすいですね」と私は言いながら、受話器を戻す。

「でもパネルまでは分からないです」
「パネルは基本的に、どの型でも合うようになってる」
「あ、そうなんですか」
「しいて言えば、冷専(れいせん)と冷暖房で使い分けてるくらいだろうな。それもホントは使い分ける必要ないんだが。そのあたりは、来月の研修で教えてもらえるだろ」
「でしょうねぇ」

来月の半ば、私は特約店研修に行くことになった。
これは、カンナギの製品を取り扱っている関東地方の特約店さんが招待されてるもので、今回は営業事務が対象になっている。
カンナギの商品の説明と勉強会というのは表向きで、時折商品を融通し合っている特約店さん同士、たまには直接顔を合わせて交流しましょうよ、というのが真の目的らしい。
正直、そういうのは緊張するし、苦手だけど、一方で、時々電話でしか話したことがない人たちと会うことができるという楽しみも、少しはある。

そんなことを思いつつ、私は中原さんからの在庫回答を、メモ紙に書いていた。

「すず」
「はい?」
「おまえ、今井さんに気に入られてんな」

と因幡さんに言われた私は、書く手を止めて、因幡さんの方を見た。

「・・・は?」
「“今度飲みに行くとき、すずちゃん連れて来てー”って言われた。てか今井さん、3ヶ月くらい前からずーっと、すず連れて来いって言ってんだよなー」
「そう言われても・・・」
「でもおまえはまだ未成年だったなぁ」
「来年成人式って、さっきすずちゃん言ってたね」

こういう話だからか、戸田さんも会話に加わってきた。

「そうですよ。今井さんって、因幡さんより年上でしょう?」
「1つな」

てことは、今井さんは27歳で・・・私より8つも年上!?

「私にはちょっと・・・大人の人過ぎです」
「あの人は単にすずに会ってみたいだけだと思う。いつも電話でしか話さないだろ?だから会って親睦深めたいって思ってんじゃないの?」
「まさに営業の性」
「でも因幡さんや戸田さんは、顧客の営業事務の人と飲みに行きたいって思いますか?」と私が聞くと、二人とも「べつに」と即答した。

「俺らは顧客んとこに行ってるから、もう会ってるじゃん」
「あ、なるほどぉ」
「横浜製作所の営業事務は、すずよりかなり年上の人だからな。今井さん、気分転換したいのかも」

斜め後ろにいる、48歳の倉本さんに聞かれないようにという配慮か、因幡さんは私と戸田さんだけに聞こえるよう、抑え気味の声で言った。

「おまえと今井さんを二人っきりで会わせるつもりは全然ないが、おまえが行きたくないって言うなら、このままごまかし続けてやる」
「あ・・・じゃあ、ごまかしで、おねがいします」
「高くつくぞ」
「えぇっ!?なんでそうなるんですか」と私が言ったとき、因幡さんの内線が鳴った。

因幡さんは「うーっ」と唸りながら「はい」と不機嫌な声で答える。
でも「もしもし。因幡です」という声は、いつもどおりのキリッとした営業の声に様変わりしていた。


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