倦怠期です!
と、声には出していない私の問いに答えるかのように、松田さんは「うーん・・・あの女の人、見たことある」と、考え声で呟いた。

「誰だっけ。えーっと・・・あぁ分かった!製作所の近藤さんだ!」とベテランの松田さんが断言するのなら、間違いないだろう。

「近藤さん」が何か言った。
と思ったら、二人はニコッと笑っている。
しかも見つめ合って・・・。

なんで?
って何が?

自分でも何考えてるのかよく分かんないけど・・・二人はお似合いのカップルに見えることは、自分でもよく分かってる。

そのまま私は松田さんに「おつかれさまでした」と挨拶をすると、また駅の方へと歩き出した。
中華街で肉まん買うのを忘れた、と気づいたのは、アパートに着いてからだった。





「あれぇ?すずちゃん、なんか雰囲気変わった」
「そうですか」
「なんかこう、大人びたような・・・」
「そうですかね」
「あーっ!すずちゃん、化粧してるじゃん!」
「はい」
「どうしたのー、急に」
「べつに・・・心境の変化です」

研修に来ていた人たちはみんな、お化粧バッチリ決めて、オシャレして、自分をきれいに、可愛く見せていた。
ノーメイクで、ファッションにこだわりもない私は、まだ19だからとかお金ないとか、言い訳ばっかりしていたけど、研修に参加してから、自分がすごく・・・子どもじみてるというか、心身共にお子様だと思い知らされたような気がして。
アパートに帰ってから、お姉ちゃんからファンデやチークを借りて、化粧法を教えてもらった。

今月のお給料で服買おう。
いきなり一式そろえるのは無理だろうから、最初はカットソーだけとか。
制服以外でスカートはくのもいいかもしれない。
それと、会社でもストッキングをはくようにしよう。

17日からタハラに出社した私は、戸田さんや小沢さんの茶々入れを完全に受け流しつつ、たまっている伝票を起こすことに専念したおかげで、19日の締は、50分程の残業で終わることができた。

「・・・お先に失礼します。おつかれさまでした」
「はい、おつかれさーん」と言う因幡さんたちの声が頭に響く。

それに、いつも以上にボーっとしてるのは、締を終えた達成感から来てるんだよね。
と私は思いながら、誰もいない更衣室のドアを開けると・・・。

その先に、有澤さんが立っていた。


壁に寄りかかって腕を組んでいた有澤さんは、ドアの音が聞こえると、私の方を見て、つかつかと歩いてきた。
そして私の腕を軽く掴む。

「な・・」
「薬飲むか」
「・・・はい?」
「おまえ・・・熱あるって自覚ないんか」
「・・・え?わたし?」

ぼけーっとした顔で、有澤さんを仰ぎ見ていたら、額に手が当てられた。
有澤さんの手、ひんやりしてて気持ちいい・・・。

「それで私・・・ボーっとしてるのか。それに顔も熱くて、フラフラするし。締を終えた安堵から、気が抜けたのかと・・・思った」
「どこまでボケとんじゃ、おまえは」
「ごめ・・」
「帰るぞ。歩けるか?」
「だいじょーぶ」

私は有澤さんに支えてもらいながらヨタヨタと歩くと、どうにかフェスティバに乗った。
そのままシートに身を委ねてぐったりしていると、有澤さんがシートベルトを締めてくれた。

「寒くないか?」
「すこ、し・・・」

でも顔も体もすごく熱いような気がする。
それより力、入らない・・・。

そんな私に、有澤さんは「これ飲んどけ」と言うと、栄養ドリンクと錠剤を手渡してくれた。
私は震える手でそれを持つと、どうにか飲むことができた。
それを見届けた有澤さんは、ようやく車をスタートさせた。


< 42 / 96 >

この作品をシェア

pagetop