倦怠期です!
「なんかそこ、もりあがってんなー」と言う夫の低い声は平淡で、クマみたいにノソーッとこっちに歩いている。
そしてなぜか、水色の毛布をマントみたいになびかせている。
病み上がりのスーパーマン気取り?
でも、頭をカシカシと掻いている寝ぼけ顔は、日香里が言ったとおり、44歳には見えない若さがある。

私はソファからパッと立ち上がると、夫のほうへ歩みよった。

「熱、下がったみたいね。今すぐ着替えて」
「俺もケーキ食う」
「後で。先に着替えて。今からシーツも洗濯するから。それにそのままでいたら、また熱出るわよ」
「うをーっ!」
「ちょっとお父さん、なんで吠えるのー?」

それは私も聞きたいわ、と思いながら、「ちゃんと汗拭くのよ!それから毛布はお風呂場に持って行かないで!」と背中越しに夫に言うと、「あーい」という返事が聞こえた。

もう仁さんってば、子どもみたいなリアクションして。
でも同時に、白髪交じりの黒髪や、目尻のしわといったところに、40代男の色気を感じる。
そんな夫を見て、なぜか私の鳩尾はキュンと疼いて、心はときめいていたけど、そんなそぶりを隠すように私は寝室へ駈け込んで、シーツを交換した。





週明けに、夫が予約をしてドタキャンしてしまった旅館から、振込用紙と1泊無料宿泊券が送られてきた。
キャンセル料5000円、プラス振込手数料か・・・痛いな。
でも宿泊券は即席で作ったような感じだから、無料宿泊券のサービスなんて、普通はしてないんだろう。
それに、「ご結婚20周年の記念に、素敵な思い出を創りにお越しくださいますことを、楽しみにしております」と書かれた女将さんの字はとても丁寧で、真心がこもっているように思える。


そして2月14日のバレンタインデーに、息子の遼太郎は、大きな福袋3つ分ほどのプレゼントをもらってきた。
大半がチョコだけど、中には手編みのマフラーとかセーターいった、豪華、かつかさばる品まである。
とにかく、今年も記録更新だ。
対して夫は、毎年タハラの産業部の事務の女性社員二人から、義理チョコを1つか2つ、もらうだけだ。

そんなわけで、私と日香里は、毎年男性陣には何もあげない。
遼太郎も食べることは食べるんだけど、とても一人じゃ全部食べきれない量を、家族総出で消費するのが優先だから。

「お返しあげないのにもらっていいの?」
「俺は“欲しい”とも“ちょーだい”とも言ってないのに勝手にくれるんだから、いいんじゃね?それに誰がくれたか覚えてないのもあるし、靴箱に入ってたのもあるし」
「なるほどー」

・・・なんか、子どもたちの会話聞いてたら、恋愛に関しては、遼太郎のほうがモロ年上って感じがする。
そんな遼太郎は、夫似のサル系だけどイケメン顔、背は高いし、バスケとほんの時々モデルをしてるだけあって、かなりモテるからなぁ。
でも当の本人は、モテることを自慢するでもなく(少なくとも私の前で自慢したことは一度もない)、「あ、そう」って感じで淡々と事実を受け止めている。
勉強みたく、興味ないことに関しては妙に冷めてるという点は、ホント、私そっくりだ。
と思いつつ、私は「もう一つだけ」と自分に言い聞かせて、チョコクッキーに手を伸ばした。

< 75 / 96 >

この作品をシェア

pagetop