【短編】雨上がりのキスは傘に隠れて。
ーーーーその赤い傘、君によく似合ってる


中沢さんが私にそう言って声を掛けたくれたのは滅多に無い残業をした帰りの時だった。


他部署の先輩なので直接、話したりする事はなかったから、突然話しかけられて、なんて答えて良いのか分からなかった。


それに社内でも仕事が出来てその上、容姿も申し分ない有名人の中沢さんから声を掛けられて普通でいられる訳がない。


ーーーあ、ありがとうございます


ーーーーうん、ほんと似合ってる


ーーーは、はい…


ーーーーだから……


ーーーん?


ーーーーそう、俺、今日、傘持ってきて無いんだよね


ーーーあっ、ああ…なるほど。了解です。
ど、どうぞ


赤い傘を中沢さんに渡して、もう一本、鞄に常に入れている折り畳み傘を出そうとすると……


ーーーーそれ、いらないでしょ?


ーーーえっ、あっ、でも……


ーーーーあのさ、分かんない?


ーーーわ、わかんない…とは?


ーーーーだから、傘は口説く口実。ほら、行くよ。遅くなったしなんか旨いもん食ってこ?


中沢さんはそう言うと赤い傘を颯爽と広げ私の肩を自然に抱き寄せ雨の中へと歩きだした。








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