GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 バレンタインすら歯牙にもかけなかった彼が、どうやってその少女とつきあい始めたのかは知らない。知らないというより想像もつかなかった。以前から憧れていた彼に猛アタックしたのが少女の方で、知明は何のきまぐれだかそれに乗っただけ。想像するに、そんなところだろうか。

 少女の話では、知明の月曜日から金曜日までのスケジュールはびっしり決まっていて、つきあいはじめてからも少女のために予定を変更する気などみじんもなく、少女の方が彼の都合に合わせて行動する日々だったという。

 そして、大きな喧嘩になったのが夏休みの数日前。少女は、妙に苛立った様子の知明に、夏休みの間は会えないと一方的に告げられた。忙しいから秋まで会えない。多分、電話もできない。きちんとした理由もわからぬまま、自由な時間がとれないからと説明されて、納得できない少女はこれまでの不満をぶちまけ、そのまま喧嘩別れになった。

 生理がひどく遅れているのに気づいたのは、8月になったばかりの頃だった。慌てた少女は友人に相談し、薬局で買ってきた薬で妊娠を確かめた。

 友人は、信頼できる何人かに電話を掛けたりしてカンパを募ってくれる一方で、知明とも連絡をとるべきだと言った。高校生同士で将来のこともあるし、まさか産んで育てるってわけにはいかないだろうけれども、知明には事後報告ではなく知らせておくべきだと思ったからだ。

 当時知明は携帯を持っていなかったため、電話は自宅に掛けるほかなかったが、知明とつきあっていた少女は、彼女の方からは絶対に電話を掛けてくるなと普段から言われていた。

 おふくろが尋常じゃないぐらいやかましいから、電話されるとややこしいことになる。

 なにそれ。信じられない。だってそんなこと言ってる場合じゃないじゃん。

 それに、喧嘩してもう別れちゃったんだしと、尻込みして電話できない彼女の代わりに、まずは友人が電話を掛けた。

 電話口に出た知明の母親は切り口上で、用件はなんでしょう、と聞いてきた。
 本人に直接言いますから代わってくださいと言うと、親に言えないことかと聞き返された。
 ええ、本人にでないと言えません。
 親に言えないような話をするのなら、取り次げないわ、まず、用件をお言いなさい。
 プライバシーに関する問題ですから言えません。
 言えないのなら取り次げないわ。一体何の用件?

 押し問答になった。らちがあかない。
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