GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
11
「美奈……」

 どこか呆けた表情のまま、フェンス越しに琴子は手を伸ばした。金網に絡めた美奈子の指に、琴子の冷たい指先が触れる。

 どうしてここにいるの? 不思議そうに見開かれた少女のまなざしに答えるでもなく美奈子は、
「待ってて」

 そう言うと、フェンスを支えている支柱の部分に手をかけ、金網に片足を引っ掛けて、ひらりと乗り越える。上着のすそが一瞬翻って、姉の真由子が貸してくれた携帯が零れ落ちそうになったため、慌てて片手で押さえたけれども、しりもちをつくようなヘマはしない。琴子が慌てた顔で、美奈! 危ない! と小さく叫んだときにはもう、琴子のすぐ横に降り立っていた。

「危ないよぉ、美奈、心臓に悪い……」

 さっきまで呆けていた表情が、何かの呪縛が解けたかのように動く。彼女は美奈子を軽く睨んで、もう、と言いながら、美奈子の両腕をつかんで飛びついてきた。薄明るいふわふわの髪が嗅ぎなれない整髪料の匂いをさせて、美奈子の頬をくすぐった。

「びっくりさせないでよぉ」

 美奈子は笑って、琴子の顔を覗きこんだ。

「そういう琴は、どうやって入ったの?」

 土曜日は小学校がお休みだから、正門も裏手の門も施錠してある。人の背丈ほどもあるフェンスを琴子がよじ登ったとは考えにくい。

「あちらに……」

 そう琴子は振り返って、グラウンドの向こう側を指差した。 野球のホームベースの向こうに、学校全体を囲むフェンスとは別種類のバックネットが中空高く掛けられていたが、その足下にちょうど、子供がかがみこんでくぐれるぐらいの隙間が空いていた。

「小学生の子が何人か来てて、金網の下の隙間をくぐって出入りしてるのを見たの」

 今、校庭には誰も居ない。もとより小学校にナイター設備などなかったから、街中の公園よりもずっと暗く、遊具の置いてある木陰のあたりは特にうっそうとしていた。
 琴子はグラウンドを見まわして、たった今気づいたというようにつぶやいた。

「もう、みんな帰っちゃったんだ……」
「うん。校舎ももう暗いね」
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