GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
12
 この手をずっと繋いでいたい。

 バックネットの下の隙間を先に這って出て、続いて潜りぬけてきた琴子に手を貸して引っ張り起こし、そのままぎゅっと手を握って歩き始めた美奈子は、強くそう願う。
 冷えきっていた琴子の指先は、今はほんのりと暖かく、琴子の胸のぬくもりを素直に伝えてくる。

 曲がり角のところで一度振り返って琴子の顔を覗き込んだら、美奈子が気遣っているとでも思ったのか、琴子は頷いて見せた。

「大丈夫だよ」
「うん」
「美奈がいてくれるから、平気」

 強がりなどではなく本当にそう思っているのが、にこりと笑った表情でわかって、安心するとともに、美奈子の胸のうちにもふわりとぬくもりが広がっていく。
 まだ伝えていない、伝え足りない何かがあるような気がして、美奈子は言葉を捜した。

 けれども、学校の敷地を囲むフェンスのすぐ脇の細い道の、正門までの距離はとても短い。
 なにも言い出せないまま美奈子は、琴子から返してもらった上着のポケットを探り、鍵を取り出して、止めてある自転車のチェーンを外した。電池式のライトをオンにしたところで、さっき校庭にいたときに鳴り響いていた真由子の携帯が、ポケットの中で再び鳴り始めた。


 誰もいない小学校の運動場の遊具の陰で、2人は初めてのキスを交わした。
 そっと重ね合わせた唇が離れても、しばらくはお互い動けずにいて、両手を取り合ったまま見つめ合っていた。琴子がほんのり上気したあどけない顔で見つめてきたけれども、なぜか美奈子は胸が苦しくなるばかりで、目の前の少女を凝視して、好きよ、とただ繰り返した。

「琴が好きなの」
「うん」

 はにかんだ口調で、琴子は返してきた。

「あたしも美奈のこと、好きよ」

 でもね、琴、琴がわたしのことを好きな分よりも、わたしの方が何倍も、何十倍も琴のことを好きなのよ。思わず口に出しそうになって、さすがにあんまり子供っぽいような気がして言うのを止めた。でも、多分、と、美奈子は思う。

 母親が厳しいせいで、時間も行動も制限されている琴子には、ほんとうに一緒に行動できる友達がいない。だから好きで琴子といる美奈子と違って、琴子にとって、自分の行動範囲に合わせられる美奈子と一緒にいるのはある意味不可抗力だ。
 そこまで考えて美奈子は、その思考を頭の中から追い払った。
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