GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
「中学校までわざわざ会いに出かけたあと、さらに家に電話までしたのか? 一体琴子に何を話した」
「桜井さんがおれとの勝負は完全に降りる、金輪際、桜井の家にも病院の経営にもかかわる気はないっていうから、新しいライバルの顔を改めて拝んでおこうと思ってね」

 やや詰問口調の知明にひるむ様子もなく、梅宮は口元に薄笑いを浮かべて言った。

「かわいいね、琴子ちゃん。一見おとなしそうだけど、芯は強そうだ。病院を継ぐのなんて似合わないし、おやじも反対しているし、やめときなよって忠告したら、あきらめるわけにはいかない、だってさ。いいね、なかなか歯ごたえがあって」
「琴子は別に芯が強いわけじゃない」

 不機嫌な声で、知明は答えた。

「あいつは単に、おふくろの言いなりなだけだ」

 梅宮紀行は、肩を竦めた。

「そうは思えなかったけどな。自分の意思で病院を継ぐ、決意みたいなのを感じたけど」

 黙って見返す知明に、梅宮は言った。

「あんた、さっき電話で美奈子ちゃんのお姉さんに言ってただろう? 近頃妹とまともに話もしていないって。おれの方が、今の琴子ちゃんをよく知っているかもしれないとは思わない?」
「思わないな」

 知明は梅宮の言葉を即座に否定した。

「一度会って話しただけのやつに琴子の何がわかる」
「そうは言うけどお兄さん。おれたちはいわゆる同じ穴のムジナだと思わない?」

 問い返す顔になる知明に、梅宮は言い直した。

「おれたちっていうのは桜井さん、あんたのことじゃなくて、琴子とおれがって意味だよ」
「何の話だ」
「つまり、おやじにとってエースはあくまでもあんたで、おれも琴子も補欠に過ぎないってことだよ。おやじにとってあんたは常に1番手だっただろう。あんたが降りたからおれに順番が回ってきただけだ。琴子はどうやらおれの次の3番手みたいだけど」
「くだらん」

 変わらず不機嫌な声で、知明は短くいらえた。

「おまえが医者になりたいなら、病院にとっては好都合だがそれだけだ。おやじが何を考えていようがどうでもいいことだ」
「それは、あんたが恵まれているからそう思うんだよ」

 梅宮はそう言うと、口元から薄笑いを消した。
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