GOING UNDER(ゴーイングアンダー)
 そういって美奈子の方にメニューを押し戻そうといる梅宮を制止して、美奈子は言った。

「わたしはもう決めたから」
「決めた? 何にするの?」
「ラザニア」
「ふうん」

 梅宮は冊子に視線を落としながら聞いてきた。

「美奈子ちゃんは、ここには来たことがあるんだね? 何がおいしい? 美奈子ちゃんのお奨めはラザニア?」
「わたしは2度ばかり来たことがあるだけ」

 あくまでも親しげなというか、悪く言えばなれなれしい調子の梅宮に内心辟易しながら、美奈子は真由子を呼んだ。

「お姉ちゃん、梅宮さんが、お奨めのメニューを知りたいって」

 呼ばれた真由子は顔を上げ、美奈子の表情を見て取って言った。

「妹に余計なちょっかいかけるんじゃないわよ、少年」

 それぞれが出した注文をてきぱきと取りまとめて、真由子はウェイターを呼んだ。
 呼ばれたウェイターはたどたどしい発音ながらも、意外とこなれた日本語の言葉遣いでメニューの確認をして、厨房にそれを伝えに行った。
 それを見ながら真由子は、忙しそうね、と、つぶやくともなく言う。

「週末なのに、給仕が1人しかいないなんて」
「表にアルバイト募集の張り紙が出てたぜ」
「ほんと? 応募してみようかな。ここだと大学から近いし、時給はいくらだって書いてあった?」
「詳細は面談にて。けど、菊本、今のバイトはどうするんだよ?」
「今のとこ、スクーターで片道15分ぐらいかかるのよ。これから寒くなってくるとちょっとつらいかも、なんて」

 真由子と蓮村大介がたわいのない会話を始める横で、桜井知明はもう一度振り返って、自らがさえぎった話題に、話を引き戻した。

「一体いつ、桜井の家に電話なんかしたんだ? 以前言っただろう。おふくろにかまうな。なるべくかかわるな」
「なんだよ、桜井さん」

 知明の言葉に、梅宮紀行はかすかに眉を上げた。

「さっきの話を聞いてたの?」

 実の兄を桜井さんと呼ぶその声の調子に、温かみは全くない。琴子の兄と梅宮が連絡を取り合っていたのは驚きだったが、さりとて2人が特に親しいというわけでは、どうやらなさそうだった。

「ええと、おれが琴子ちゃんに会いに行ったのは、木曜日だっけ?」

 梅宮は、確認するように美奈子を見た。

「桜井さんが連絡してきたのが水曜日だったから、やっぱり木曜だな」
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