10回目のキスの仕方
「え…?」

 下げた頭の上に乗った、大きな温かい手。それが少しだけ動いた。

「勝手に松下さんの鞄開けて鍵探して、部屋入ってベッドの上に下ろしたし、あと、化粧も落とした。」
「っ…け、化粧まで!すみません!」

 ますます顔が上げられない。恥ずかしさで顔が熱い。

「…落としてから、やりすぎたなって思ったんだけど。」
「え?」

 美海の頭の上に乗っていた手がなくなった。

「…そろそろ、顔上げたら?その体勢、きついでしょ。」
「…上げる顔、ありません。」
「結構気味悪がられてもおかしくないことしてるけど、俺。不法侵入してるし。」
「そ、それはっ…不法侵入って言いません!…あ…。」
「やっと顔上げた。」

 ぱっと顔を上げてから気付いたが、もう遅い。その真っ直ぐすぎる視線は、どうやら美海を離してくれそうにない。

「姉が、化粧落とさずに寝るのは生ごみを顔に塗りたくって寝るのと同じって言ってたのが強烈すぎて、落とさなきゃいけない気持ちになった。」
「…すみません、本当に。」
「いや、俺の方こそやりすぎたんで。」
「でも、こんなヨーグルトとかまで…。」
「へこんでいたように、見えたから。」
「え…。」

 真っ直ぐな瞳がまた、美海を捕らえる。我慢していたはずの涙がこぼれそうになって、意地だけでなんとか踏みとどまる。

「かすっただけはキスじゃない。」
「っ…!」

 今、突かれたくないところをまっすぐ突かれる。それでも、涙をぐっと堪える。

「だから、大丈夫。」

 短い言葉とともに、もう一度美海の頭に大きな手が乗った。あまりにも優しい手が美海の頭を軽く撫でる。その優しさが染みて、我慢の限界にきた涙が一筋零れ落ちた。
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