10回目のキスの仕方
「…どうしてこんなことまで…。」
「…どうしてって、なんとなく。あんまり理由は、…ないな、多分。それじゃまずい?」
「まずくは…ない、ですけど、でも、申し訳なくてっ…。」
「俺が勝手に気になっただけだから。むしろ、勝手に家にあがったりして、その方がまずかったかなって。」
「え!?私自力で帰ったんじゃないんですか!?」
「あれ、記憶、ない?」

 その辺りの記憶が曖昧すぎる。ほとんどと言っていいほど覚えていない。恥ずかしさで美海の頬が赤く染まる。

「…ごめんなさい。途中、泣いたことと…あと。105号室しか…思い出せなくて。」
「…泣いた理由は、覚えてる?」
「…はい。」

 肯定して、じわりと目が痛くなってきた。あれだけ泣いたのにまた涙が込み上げてくるなんて、どれだけ泣けば気が済むのだろう。

「そっか。」
「…はい。」

 気持ちが傾いでいく。
 この年で初めてのキス、という方がおかしいのかもしれない。キスくらい、なんてことないと流せればよいのかもしれない。それでも、『初めてのキス』への憧れを嘘だとは言えない。

「昨日、飲み会の途中で帰ろうとして段差に躓いて、えっと…名前は?」
「え?」
「あんたとか君とか言うの、好きじゃない。」
「松下美海、です。」
「…で、松下さんが転んだ。その時の傷が膝のそれ。」

 あくまで無表情に淡々と、目の前の男は美海の抜け落ちた記憶を埋めている。

「その後、泣き叫ぶ松下さんを家まで送る前に、自分の家の玄関で待ってるように言った。酔ってる身で消毒とかちゃんとしなさそうだったから。そしたら、玄関で寝てたので、松下さんの部屋まで運んだ。」
「ね、た…んですか、私。」
「うん。」
「ご、ごめんなさい!本当にすみません!私、そんな大事なことも覚えてないなんて…本当に、どれだけ謝ったら…!」

 美海は思い切り頭を下げた。顔を上げることができそうにない。
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