10回目のキスの仕方

唇までのハードル

 水族館を出ると日が暮れていた。少しだけ涼しい風がびゅうっと吹く。潮風はやはり少しべたつく。
 自然と絡み合う手にお互いに慣れてきていた。美海が少し顔を上げると圭介と目が合った。

「ん?」
「あ、えっと…あの…何でもないです。」
「…あ…うん。」

 少しだけ気まずくなるが、それ以上言葉が続かなかった。イルカやカワウソ、アザラシなんかを見ていた時は自然と言葉が浮かんできたのに、二人きりになると何を話せばいいのか戸惑ってしまう。

「…好き、なんだな、水族館。」
「え?」
「美海が水族館をすごく好きだってこと、…よくわかった。」
「えっ?な、なんかしましたか私…。」

 自分の行動をゆっくりと思い返すと、意外と大胆なことをしていたことに気付く。圭介の手を引っ張ったり、連れまわしたり。

「…ご、ごめんなさい!私圭介くんの手を引っ張って色々なところに…。思い出すと…ちょっと顔が上げられない…です…。」
「あ、思い出した?」
「思い出しました…なんか…イルカのところとか…子供みたいにはしゃいでしまって…。」
「うん。はしゃいでた。」

 そういう圭介の表情は穏やかで、呆れられていないことにはほっとする。

「…珍しいものが見れて、俺は面白かったよ。」
「え?」
「きっとこういうのが美海の素なんだろうなって、なんとなくそう思ったから。」
「…はしゃぎ、すぎました…。」
「うん。でもいいんじゃない。楽しかったんなら。」

 きゅっと圭介が握った手に力を込めた。

「楽しかった?」
「…はいっ…!とっても。」

 そう返すと、圭介はゆっくりと優しく微笑んだ。
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