10回目のキスの仕方
* * *

「イルカだ…イルカです、圭介くん!」

 正直、こんなにテンションの高い美海を見るのは初めてで、圭介にはその一つ一つの表情が新鮮だった。

「うん。」

 上手い返しが見つからなくてただ返事をするだけになってしまう。くるくる変わる表情がただひたすらに可愛いとしか思えなくて、今更ながら結構ちゃんと好きなのだと自覚する。
 手を繋ぐまでが長かったのは、自分が経験値の多い方ではないからというのと、繋ぎたいという欲よりも恥ずかしさが勝るからでしかない。手を繋ぐと伝わるのは、彼女の熱と細さだった。壊れてしまいそうなくらいに脆く感じられる。だからあまり力を込めることはできない。

「可愛い…。あ、こっち来た!」

 自分が上手く話せないから、彼女が独り言を言い続ける人のようになってしまっているのが少し心苦しい。しかし彼女はそんなことなどほとんど気にせず、自由に泳ぎ回るイルカを大きな瞳で追い掛けている。

「…ふ…。」
「え?今、笑いました?」
「あ、いや…違う…。」
「違いませんよね?今ふって聞こえました。」

 確かに違ってはいない。笑ってしまった。たまたま彼女の隣に来た小学校低学年くらいの少女と彼女が、ほとんど同じ動きをしていたからだった。

「な、何かおかしいことしましたか?」
「してない。偶然の産物。」
「えぇ?ますます意味がわからないんですけど…。」
「美海はわかんなくていいよ。」
「なんでですか!」
「なんでも。もう次に行く?」
「あぁー話を逸らしましたね、圭介くん。」

 今日は本当によく話す。デートが始まったときは少し顔が緊張していたというのに、水族館に入った途端これだから本当に好きな場所なのだということがわかる。そして、いつもよりもずっと幼い表情を見せる彼女が、『愛しい』のだろう。好きだとか大事だとかそういう言葉では何だかしっくりこない。一番はまるのが、『愛しい』という感情だった。

「イルカショーがあるって。観に行く?」
「はいっ!」

 初めてきゅっと強く握り返されたその手に、自然と頬が緩んだのはもはや仕方のないことだった。
< 159 / 234 >

この作品をシェア

pagetop