10回目のキスの仕方
 外へ出て、手を引かれたまま歩き出す。歩いている道の雰囲気からして、帰った方が良いと圭介が判断したことが何となくわかる。美海はといえば何も言えずにただ圭介に手を引かれて歩いている。数歩先にいる圭介がゆっくりと口を開いた。

「…落ち着いた?」
「…ごめんなさい。お力になれず…。」
「それはいい。震えは…止まったみたいだけど。」
「っ…。」

 震えていたのは確かだった。あの子を直視するのが怖くて目を逸らしても自然と思い出される、『あの子と同じだった』自分。あの子の親は迎えにきてくれたのだろうか。

「小さい子が苦手?」
「…いえ…そういうことじゃ…ないです。小さい子、苦手じゃないです。」
「…そっか。あぁ、香歩のことは抱いてたし、苦手ではないか。」
「……。」

 小さい子が苦手なわけではない。小さい頃の自分を思い出す要因を作るものが怖いのだ。今あるこの幸せが自分のせいで崩れてしまうことが怖い。

「何かを思い出すのが…怖かった?」
「っ…!」
「その反応は当たりか。」

 しばらくの間があって、圭介が再び口を開く。

「でも、美海は言いたくなさそう。」

 ぽつりと落ちた言葉。

「だから今はいいよ。でも、聞く気はいつでもあるから。」
「…同じ言葉をいつもくれますね、圭介くんは。」
「え?」

 美海はゆっくりと顔を上げた。

「えっと…ごめんなさい。ちょっと混乱してしまって…でも、もう大丈夫です。」
「うん。」
「あの…私の誕生日は一緒に過ごせますか?」
「うん。」
「平日ですから、ずっと一緒…というわけにはいかないかもしれませんが…。ご飯は一緒に食べれますか?」
「作るよ。何が食べたい?」
「一緒に作りますよ。…それで…その時にお話ししてもいいですか?」
「うん。じゃあその時に。」

 握った手をきゅっと強く握り返してくれる圭介に、美海は小さく微笑んだ。
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