10回目のキスの仕方
* * *

「さすがクリスマスーめっちゃ混んでるー!」
「特にケーキ店は凄まじい。」
「で、洋一は一体何の用なわけ、結局。」

 いきなり切り込んだ質問にらしさを感じて、自分の口元が緩むのがわかる。

「え、何で笑ってんの?」
「…いや、ごめん。違う。」
「違わない!何笑ってんのよー!」
「…独り身が寂しかったから明季を誘ったって言ったら、怒る?」
「言っちゃってから何言ってんの?怒んないよ。独り身なのはあたしも同じだし。」
「…じゃ、付き合って。」
「うん。全然付き合う。」
「…それ、さ…。」
「ん?」

 無駄に陽気なクリスマスソングが流れる、うるさいショッピングモール。そこで、時を止めようとする自分は罪作りだ。

「明季。」
「だっから何よー?」

 きっと自分が何を言われるかなんて、想像もしていないだろう。そんな彼女に、今自分は、何から言うつもりなのか。もうこうなったら、口から出まかせでもいい気がした。

「ちょっとさ、外、出るか。」
「うん。いいよ。」
「混んでるから。」

 そう言って、腕を掴んだ。幸いなことに、振りほどかれはしなかった。

* * *

 掴まれた手を振り払っていた頃の自分が不意に蘇った。あの頃の自分は何もかもが嫌で、世界で一番不幸な自分を呪っていた。今思えば、『世界で一番不幸』なんて、傲慢な言葉だと笑い飛ばせるのに。
 洋一の手は温かった。しかし、さすがに外の空気は冷たくて、脱いでいたコートを羽織りたくなって口を開いた。

「コート着るー!」
「あ…うん。そうだよな。さすがに外は寒い、か。」

 はぁと、洋一の口から出た白い息。ほんのりと赤い頬。よくよく見ると、洋一はモテる顔をしていることに気付く。何気に同期の女子からも人気なのも知っている。そんな人を都合よく呼んで、都合よく呼ばれて、一体自分は何をしているのだろうとも思う。
 それでも、この関係が息苦しくない。コートを羽織った後は、腕ではなく手を引かれても、だ。

「どこ行くの?」
「家まで送る。」
「…ありがとう。」

 こんなに素直にありがとうと言えることは、奇跡みたいなことなんだと思っていても、まだ誰にも言えないでいる。
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