10回目のキスの仕方
ひとしきり泣いて、涙が収まった。しかし、バツが悪くて顔を上げられない。

「…明季。」
「…なに…?」
「…さ…っみぃ…。」
「ご…ごめん!あがって!暖房つける!」

 がばっと立ち上がって、目をこすった。エアコンのリモコンを押し、ストーブのつまみを回した。やかんに水を入れて火をかけた。

「…ご…ごめん…ほんとに…あがって…?」
「…うん。それはお言葉に甘えてって感じなんだけど、とりあえず服着て。」
「え…?」
「あまりにも潔い脱ぎっぷりにこっちが焦ったし。」
「っ…ご、ごめん…着替える!」
「うん。俺の我慢のためにも是非そうして。」

 頬が熱くなる。関係を切りたくて脱いだはずだった。汚い身体を見て、引いてほしかった。…多分、本音は違う。大丈夫だと言ってほしかった。抱きしめてくれたことが、嬉しかった。
 厚手のパーカーを着て、下もルームウェアに着替えた。熱い頬をなんとか押さえて、洋一の前に進み出た。

「温かいもの…紅茶と緑茶とコーヒー…あるけど、どれがいい?」
「…緑茶。」
「淹れるね。」

 お湯を注いで湯気を見つめた。自分じゃない誰かもいる空間でこんなに静かなのに、何の恐怖も感じないことも奇跡に近い。昔はあんなに沈黙が怖かったのに。
 カップをテーブルに二つ置いた。

「…どうぞ。」
「悪い。ありがとう。」
「…散々泣き散らしてごめん…。もう、大丈夫だから。」
「…うん。」
「それと…。」
「ん?」

 顔を見つめて言うのは恥ずかしかったから、そっと腕に頭をつけた。髪が程よく顔を隠してくれる。

「…ありがとう。突き放さないでくれて。」
「好きな女突き放す男、どこにいるわけ?」

 呆れたように乗った洋一の手に安心して、口元が緩む。

「…嫌いじゃないの。洋一のこと。」
「うん。」
「…だから、頑張る、約束。」
「頑張る約束?」
「…洋一の隣に、いてもいい自分になれるように…頑張ってみたい、…かな。」

 少しだけ、勇気を出したい。もしかしたら、美海も同じような気持ちになったのかもしれない。

「…んじゃ、それを見守るよ。」

 頭の上に、小さく落ちたキスに心拍数が上がった。
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