10回目のキスの仕方
 従業員専用口にはもちろん誰もいなかった。圭介は入口の少し横に背をもたれかけて立っていた。美海の足音に気付いて顔を上げた。

「あ、お疲れ。」
「あ、…えっと、はい。お疲れ様です。」

 冷たい沈黙が落ちる。美海の目は泳ぎっぱなしだ。どこを見て話したらよいのか全くわからない。

「…閉店のシフト入ってるの?」
「…はい。人手不足のようなので。」
「そっか。」

 美海には少し、圭介が何か言いたげに見えたが、圭介はそこで口をつぐんだ。またしても落ちる沈黙が痛い。

「帰ろ、っか。」
「あ、はい…。」

 こうして隣を歩くことは、初めてじゃない。それなのに纏う空気が違いすぎて、声が出てこない。

「…あのさ。」
「…は、いっ…。」

 美海の声が震えた。しかし、福島の言葉を思い出し、奮い立つ。

(…体力ある。時間も、ある。直せる。大丈夫。大丈夫。)

「昨日はごめん。また、…泣かせた。」

 背中を見せたつもりだった。それなのに、知られていた。気付かれていた。泣いていたことに。それが恥ずかしくて、でもどこかで少しだけ嬉しいような気もする。

「っ…わ、私こそ…ごめんなさい。み、見るつもり、な、なくてっ…。」
「あー…うん。俺も驚いた。」
「え?」

 圭介が頭を掻く。困った表用を浮かべながら。

「…玲菜にああいうことされたの、初めて。」
「え…あの、玲菜さん…彼女なんじゃ…。」
「違う。玲菜は彼女じゃない。というか、彼女はいない。」
「え…え…?」

 美海の頭の中は混乱状態だ。玲菜は圭介の彼女ではない、それに圭介に彼女がいないという二つの事実が確実に混乱を招いている。

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