10回目のキスの仕方
「まぁ、だとしても松下さんを不快にさせるような場面を見せたという意味では共犯だから。」
「共犯って…そこまでは…。」
「…泣かせたくない、って思った矢先にあれだから、…怒って。」
「…怒れ、ません。」

 怒れない。怒る理由がない。それに、今の言葉が嬉しすぎて怒りという感情が微塵も湧いてこない。

「…怒ってもらわないと、割に合わないと思うんだけど。」
「…だって、怒れないんです。…ちょっと、…ではなく、とても今、嬉しいので。」
「え?」

 多分緩いのは口元だけじゃない。顔全体が緩んでしまっているだろう。そんな顔を見せていいのだろうかいう躊躇いはあるものの、目を見てきちんと伝えたいと思う気持ちが勝った。美海はゆっくりと顔を上げ、圭介の目を見つめた。

「…浅井さんとの関係が、壊れていないことが…嬉しいです。それだけで充分なくらい…。」

 『なのに、泣かせたくないなんてもっと嬉しいです。』という言葉は小さくしか呟けなかった。言っている内に恥ずかしさが込み上げてきたからだ。

「え?」
「あ、えっと、あの、充分です。本当に。むしろ泣いてしまってすみません!また浅井さんに迷惑を…。」
「迷惑じゃない。…全然、迷惑じゃない。」
「…あの、なら…良いんです…けど。」

 気が付くと、もうアパートのそばまで来ていた。しばらく、沈黙が続く。そして、口を開いたのは圭介だった。

「…また、本屋行くよ。」
「あ、えっと、はい。予約の取り置きとかもできるみたいなので、言って下されば。あ、社割もきくようです。」
「そうなんだ。それは純粋に嬉しい。」
「えっと…あの、今日もありがとうございました。結局、いつも送ってもらってますね。ありがとうございます。」

 なるべく笑顔になるようにと心掛けなくても、自分が笑顔なのがわかる。圭介の言葉一つで泣いたり笑顔になったり、とても不思議だがそんな自分が嫌いではないことが今わかる確かなことだ。

「おやすみなさい。また明日、…大学で。」

 美海は一礼して背を向けた。その時だった。

「松下さん。」

 腕が後ろから引かれたのは。
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