10回目のキスの仕方
「もしもし。」
『もっ…もしもし…。』
 
 圭介の声を電話で聞くのは生まれて初めてだ。だからこんなに心臓がうるさいのだと信じたい。

「…松下さんが嫌じゃないなら、行くの構わないけど。」
『えっ?』

 美海は我が耳を疑った。『イクノカマワナイ』が上手く変換できない。

「講義終わったらバイトもないし。何か食べたいものは?」
『っ…そんな、悪いです!浅井さんに迷惑っ…ごほっ…ごほ…。あのっ、私、大丈夫です!』
「松下さんの『大丈夫』は大体その真逆。」
『…っ…それはっ…。』

 言い返せない。まさに今、その通りの状況だ。そして見透かされていることに、心臓がドクドク鳴っている。

「食べたいもの、ある?」

 あくまで同じトーンで響く圭介の声に、美海の方はなんだか泣きたくなってきた。優しくされると、甘えてしまいたくなる。圭介が甘やかしていいのは自分ではないと思う気持ちはあるのに、だ。

「ないなら適当に買うよ。じゃあ、またあとで。」
『あ、浅井さん!』
「はーい、今度はあったしー!」
『明季ちゃん!』
「美海の好きなものはあたしがちゃーんと教えておくからね。」
『だ、大丈夫なのに…。』
「美海の大丈夫は大体真逆ってあたしも同じこと思ってた。」
『え…?』
「咳も熱も酷いんだから、ゆっくり寝てなさい。じゃーね!」
『あ…!』

 美海の耳に無情な機械音が響く。

(浅井さんが…家にくる…?か、片付けなきゃ…!)

 力の入らない身体を無理矢理起こして、美海は玄関に向かった。
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