10回目のキスの仕方
* * *

「松下さん、起きれる?」
「…ん…。」

 圭介の声に、美海はゆっくりと目を開けた。どうやら自分は眠ってしまっていたらしい。結構寝たと自分では思っていたが、それでも眠れるのだから病気の身体はやはり故障している。

「煮込みうどんできたんだけど、食べれる?」
「煮込みうどんですか?だ、大好きです!」
「うん。聞いた。」

 聞いた、というのは明季からということだろう。

「それとカスタードプリンもある。」
「えぇ!至れり尽くせりで申し訳ない…。」
「病人だからいいんだよ、至れり尽くせりで。少し顔色良くなった。食べれそうだね。」
「はいっ!いただきます。」

 美海の目の前にすぐに運ばれてきたのは、湯気のあがる鍋と小さなお椀が2つと箸が2膳だ。

「最初は少なくしておくけど、食べれそうならお椀頂戴。」
「あ、じ、自分でやりますよ…!」
「だめ。松下さんがやることは食べること。はい。」

 お椀に盛られたうどんと、少しほろほろになっているかぶと人参も見える。お腹がすいてきた。

「…ありがとう、ございます。いただきます。」
「どうぞ、召し上がれ。」

 美海は手を合わせてから、箸を持った。喉が少し痛かったのが気になったが、麺とつゆの温かさのおかげでそれほど痛みは感じなくなっていた。ふわりと広がる優しい味。身体の奥から温まるような優しさが、じんわりとしみわたる。

「…美味しい…。」
「よかった、松下さんの口に合って。」

 圭介はもう一つのお椀に自分の分を盛りつけながらそう言った。その口元は優しく微笑んでいる。

「もっと食べれる?」
「はいっ!いただきます!」

 美味しい。実家で食べる母親の味とは違う。だから、優しさの味が違うように美海には感じられた。使っている具材はほとんど変わらないのに不思議だ。それに、圭介がこんなに料理上手であることも初めて知った。

「ほんとにほんとに…美味しいです。」
「松下さんの言葉、疑ってないよ。俺も、いただきます。」

 そっと、それでいてしっかりと合わせられた手。圭介が食べ物を大切にする人だということが一目でわかった。
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