10回目のキスの仕方
 綺麗に箸を動かしながら、圭介がうどんをすする。

「ん、旨い。」
「はいっ!美味しいです!っ…ごほっ…!」
「大丈夫?」

 ゆっくりと伸びてきた圭介の手が途中で止まった。美海は首を傾げた。

「…浅井、さん?」
「あー…ごめん、なんでもない。大丈夫?」
「はい、大丈夫です。」

(今の、何のごめんだろう?)

 そんなことを思っても聞けないのが美海だ。

「ところで松下さん。」
「…はい?」
「なんで風邪ひいたの?心当たりはある?」
「…心当たり…は、あります。」
「なに?」
「あの…。」

 あまりにも格好のつかない理由に言いにくいが、圭介の目は逃してくれそうにない。美海は意を決して口を開いた。

「…この前の雨、酷い日に…ちょっと傘を忘れまして…。」
「あの日か。まさか、濡れたまま寝た?」
「ち、違います!ちゃんとお風呂も入ったんですけど、バイト疲れと冷えが…。」
「バイト帰りってことは夜も遅かったわけか。」
「…ラストまで、なので。」
「そ…う、だよね。」

 また圭介が言いよどんだ。何か言いたげなのに何も言われないと、その方がかえって気になってしまう。知恵熱が出そうだ。

「結構食べれた感じ?」
「あ、はいっ!ありがとうございました。とても美味しかったです。ご馳走様でした。」
「松下さんの口に合ってよかった。」

 カチャカチャと食器をまとめて片付ける圭介に申し訳ない気持ちになって、美海は口を開いた。

「あ、えっと…片付けはやりますので流しに置いておいてください。」
「いいよ。こういうこと、やりに来たんだから。松下さんはすぐベッド。寝なさい。」

 命令形なのに、きつく聞こえない。むしろ甘く響いて心拍数を上げてくる。苦しくて仕方なくなる。そんな胸をきゅっと押さえて、美海はベッドの中で再び目を閉じた。
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