10回目のキスの仕方
* * *

 電話を切るのが名残惜しいような気がしたのは、おそらく向こうもだったのだろう。これはもしかしたら、あまりにも自分に都合のよい解釈だろうか。だとしても、『また』と言ってからの間は長かったように思う。

(…突然びっくりした…本当に電話がかかってくるとは…。)

 かかってこないだろうと思っていた。なにしろ相手は気をつかいすぎて萎縮してしまう『松下美海』だからだ。それなのに、こんなにもすぐに電話がかかってくるとは。そして何より用件が『ありがとう』だとは。

「…松下さんらしい。」

 あまりにもらしくて笑いが自然に込み上げた。電話越しに伝わる少し震えた声。緊張していたのだろうということは容易に想像できた。そして美海がどんな表情をしていたのかも、何となく想像できる。そして、冷静に美海の声を分析してから、自分は冷静さを保てていただろうかと少し不安になった。突然の電話に動揺していなかったと言えば嘘になる。用件が用件なだけに、切り方にも戸惑った。この会話をどこに終着させればよいのか、と。

(…ひとまず、覚えていなそうだな、松下さんは。)

 衝動的に落とした髪へのキスを、もし美海が気付いていたらと思うと反省しないでもなかった。しかし、電話の様子から察するに本当に眠ってくれていたようだ。そのことに安堵する。

(…しかし、可愛い人だな本当に。)

 顔がとか、女性として可愛いとか、そういうものとは少し違うような気がする。しかし、やはり可愛いと思わざるを得ない。『ありがとう』なんて、そんな言葉は大学で会ったときに言えばいいだけの話なのに、自分が電話番号を置いていったこと、心配していたことを気にして、震える声で電話をかけてきた。その行動が単純に可愛いと思うものに入っているのか、そんな行動を美海がしたから可愛いのか、今の圭介には判断しかねた。
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