10回目のキスの仕方
* * *

 土曜日の6時半に部屋を出て階段を降りると、そこには圭介がいた。

「浅井さん…!」
「待ってた。」
「え…。」
「勝手に、だけど。」

 確か、約束はしていなかったはずだ。しかし、待たせていたとなると途端に申し訳なさが襲ってきた。

「お待たせしていたようで…。」
「あ、ごめんはいらないよ。勝手に待ってただけだから。」
「でも…。」
「行く場所が同じなんだから一緒に行こうと思っただけ。行こう?」
「…は、はいっ…!」

 花火にわくわくする気持ちよりも、今隣に圭介がいる緊張感が勝る。海まで最寄りの駅から電車で15分。たった15分を過ごしてきたことなど今までに何度もあったのに、今日はなんだか少し違うように美海は感じていた。距離が近付いたわけでも、話す内容が大幅に変わったわけでもないのに。
 美海の青いロングスカートが風に揺れた。足元は少しヒールのあるサンダルだ。大学には着ていかないような服で圭介の隣を歩いていることが妙な緊張感を生んでいるのかもしれない。

「っ…。」

 歩く度に動く手。圭介の指が美海の手に微かに触れた。わかりやすく反応したのは美海だけで、圭介は表情一つ変えずに美海に歩調を合わせて歩いている。

「まだ時間あるし、少し花火買い足す?」
「あ、はいっ!」

 駅に行く途中にスーパーがある。この時期はスーパーにも花火が置いてあったはずだと美海は記憶を手繰り寄せた。スーパーに入り、店内を少し探すと意外に量が置いてある。

「結構種類がありますね!こんなにあると迷っちゃいます。…あ、でも明季ちゃんが越前くんと一緒に買ったって言ってました。あんまり買いすぎるのも…よくないですかね?」
「多い分にはいいんじゃない?どうせすぐ終わっちゃうよ。」
「そうですか!じゃあたくさん選びましょう。」
「うん。」

 色々な種類がある花火に目移りしてしまう。パックになったものとバラで売っているものと様々だ。探しているうちに、美海はお気に入りの花火を見つけた。

「これ、好きな花火です!」
「え?」

 美海が手に持ったのは、5本入りの花火だ。線香花火の火花がパッと向日葵のように大きく開く花火で、美海はこれが小さいころから好きだった。

「買ってもいいですか?」
「…松下さん、子どもみたい。」
「そ…そうでした!バイト代を使うんだから、許可いらないですよね!」

 恥ずかしさで汗が出た。それから5分ほど悩み、数種類の花火を買い足してから電車に乗り、目的地を目指した。
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