10回目のキスの仕方
 こんな風に大きな声を出して泣くなんて、いつもの美海なら絶対にしない。転んでしまったのも、こんな風に子どものように泣いているのも全てアルコールのせいなのだ。

「…なくならないっ!気持ち悪い感じも、怖さも、全部っ…!」
「うん。」
「…こわ…いよ…。」
「うん。」
「なしにしたいよ…。」
「うん。」
「…いや…だもん…。」
「そうだな。」

 酔っぱらいの戯言に、ちゃんと相槌を打ってくれることに優しさを感じる。そして、美海の手を引く彼の手は怖くなんかない。それなのに身体の震えが収まらない。
 一気にたくさん泣きすぎて鼻がつまってきた。鼻をすする音しか聞こえない。彼は口を閉じたままだ。

「ここの交差点、真っ直ぐ?」

 美海は頷いた。彼の手がまた優しく美海の手を引く。

「ここ右?」

 またしても頷く。美海の家から一番近いコンビニが見えてきた。

「で、どっち?」
「この小道を入ります。」
「…ってことは、もしかして、あれ?」
「はい…ひっく。」

 美海の家は2階建てのアパートの2階、205号室である。

「2階?」
「…はい…ひっく。」
「じゃあ1階でまずは膝、消毒してやる。」
「え…?なんで1階…。」
「俺も同じアパートだから。」
「ふぇ…そ、そうなんですか…。」

 泣き疲れたのとアルコールのせいで、段々眠くなってきていた。足元はさらに覚束なくなってきた。

「っ…きゃっ…!」
「危なっ…!」

 ぐいっと手を引かれて転ばずには済んだものの、飛び込んだのは彼の胸だった。

「…ふぇ…あ、えっと…ごめんなさ…。」
「いいよ。酔っ払い、もうちょっとだけ頑張れ。」
「ふぁい。」

 ふわふわする視界に、ふわふわする足。痛みなんか、もう感じない。
< 8 / 234 >

この作品をシェア

pagetop