10回目のキスの仕方
「ちょっと待って。鍵開けるから。」
「105…?」
「うん。俺の部屋。」
「私、205~♪」
「酔っぱらいめ。」

 ガチャリ、とドアの開く音がした。彼が先に中に入っていく。

「酔っぱらいさん、玄関で座ってて。」
「はぁい。」
「気の抜けた返事だな。」

 美海はゆっくりと玄関に腰を下ろした。玄関には今脱いだ靴が一足と、もう一足はスニーカーだ。

「…眠く…なってきた…。」

 ふわぁと大きな欠伸を一つして、腕をぐっと伸ばすとさらに眠気は増した。目がなんだか腫れぼったい気がする。それも眠気を助長した。

「とりあえず傷口洗うから…って…寝てるし。」

 玄関に座ったまま、すーすーと規則正しい寝息をたてて、美海は瞳を閉じていた。

「男が怖いとかなんとか言ってたんじゃないのかよって。」

 無防備すぎるその姿に彼、浅井圭介(アサイケイスケ)はため息をついた。そして湿らせたティッシュで傷口を拭く。

「っ…。」
「次はもっと沁みると思うけど。」

 傷口に当たるように消毒液を流し、垂れた部分はティッシュで拭き取る。両膝を擦りむくなんてまるで子どものようだと圭介は思う。あどけない寝顔なんて、大学生にはまるで見えない。

「さて、酔っぱらいさんを部屋まで送りますか。」

 美海の鞄から鍵を探し出し、左手に持つ。そして美海の身体をそっと抱きかかえ、自分の部屋のドアを閉めた。階段を上って、205号室のドアの前にたどり着く。美海の膝を抱く左手に持った鍵を差し込んで右に回す。
 ドアを開けると、自分の部屋と全く同じ間取りが広がっていた。ベッドにそっと寝かせて、枕元に置いてあったメイク落としに手を伸ばす。シートを1枚取り出して、美海の顔を丁寧に拭く。これは圭介の姉の教えに従った行動だ。全て拭き終わって、シートをゴミ箱に捨ててから、圭介はもう一度美海の方に向き直った。そしてゆっくりと美海の頭に触れた。

「…そんなの、キスって言わないって。」

 静かすぎる独り言が響く。

「とか言っても、酔っぱらいさんは気にするんだろうけど。」

 あれだけ震えていたのだから、怖かったであろうことは容易に想像ができる。これが彼女にとって枷にならなければよいと圭介は思う。名前も知らない人だけれども、彼女は覚えていないかもしれないけれど。

「こんな偶然、あるんだな…。」
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