10回目のキスの仕方
 帰る道すがら、考える。何をどう、伝えれば良いのか。

「…ありがとう、ございます…かな。」

 まだ午前10時。考える時間はたっぷりある。見通しは立たなくても。

(…でも、こうやって改まってちゃんと話すためには…私から連絡する…んだよね…。)

 美海は鞄からスマートフォンを取り出し、電話帳を開いた。浅井圭介の文字の下には電話番号が登録されている。この電話番号にかけたことは今までに一度しかない。

(指が…震える…。)

 発信に指を重ねることができない。帰り道の途中で立ち尽くしてしまう。

(これじゃ不審者だ、私。)

 そう思ってスマートフォンを鞄にしまった。発信ボタンが押せるようになるまで、どうにか心を落ち着けて、思考を整理しなくてはならない。伝えなくてはならないことはたくさんある。伝わるように、伝えることができるように言葉を選びたい。
 ようやく自分の家にたどり着き、共同のスペースにあるポストを覗く。そこには何もなく、階段を上がろうとしたその時だった。

「…松下さん。」
「…あ…さい…さん…。」

 振り返った先にいたのは、圭介だった。心の準備ができていない身としては、混乱状態もいいところだ。

「…久しぶり。」
「えっと…はい…。お久しぶり、です。」
「どこか行ってたの?」
「えっと…店長さんのお家に…泊まりまして。」
「そっか。」
「っ…。」

 会えて嬉しいと思う気持ちは確かにここにあるのに、言葉が続かなくて苦しいと思う気持ちも同時にある。

「…じゃあ。」
「えっ…あ、あのっ…。」

 何の計画もなく引き止めた。圭介の方にゆっくりと歩み寄る。

「…松下さん?」
「…あの、少し…時間をください。時間をいただいても、…まとまらないかもしれないんですが…。でも、…。」
「うん。」

 顔が上げられない。本来は目を見て言うべきであろうことは頭ではわかる。ただ、それを行動には上手く移せない。

「…聞いてほしいことが…あります。」
「…うん。わかった。」
< 96 / 234 >

この作品をシェア

pagetop