10回目のキスの仕方
「浅井さんに何て言われたのか、聞いてもいい、かなぁ?」
「……。」

 思い出すと泣きそうになる圭介の言葉。忘れる方が無理だった。

「『気持ちに応えなくていいから、何がそんなに松下さんを止めるのかは、教えてほしい。』
「…って、浅井さんが?」

 美海は頷いた。いつの間にか込み上げてきた涙が座っていたクッションの上に落ちた。

「そっか…じゃああいつが言ってたことは案外合ってたわけだ。」
「…合って、いますか?」
「君の言葉で聞かせてって、あいつ言ってたでしょ?浅井さんも多分同じようなこと言ってる。」

 美海も同じようなことを思っていた。何が自分を止めるのか、それはわからない。それでもその言葉ごと欲しいと言われているように感じた。

「気まずいこと、そのまま伝えるって前に私、美海ちゃんに言ったような気がしたんだけど…。」
「…はい。言っていただいたことがあります。」
「そのアドバイス、浅井さんには有効だった?」
「…はい。そのまま話しても、浅井さんはちゃんと聞いてくれて…。」
「浅井さんには、美海ちゃんの話を聞くつもりがきちんとあるってことよね、それって。」
「…そう、ですね。」

 振り返らなくても、わかることだ。圭介がどんな時も自分の言葉に耳を傾けていてくれたこと。言葉を選んでいてくれたこと。そして、優しい手が傍にあったこと。その全てが嬉しかったのは絶対に嘘ではない。

「聞いてほしい人に聞かせたい言葉があるのなら、きちんと伝えた方が絶対に良い。たとえ悪い結果になったとしても、前に進める。とどまることもできる。でも伝えなければ引きずられる。」
「…そうかも、しれません。」

 合わせる顔が準備できたわけでも、話したいことがまとまったわけでもない。それでも、会いたいと思う。

「…私、帰ります。」
「うん。そういう顔、待ってた。」
「散らかしてしまって…というかいただいてばかりですみません。話もたくさん聞いてもらって…答え…ちゃんと出ていないんですけど…でも…。」
「会いたくなったでしょ?」
「…はい。長々とお邪魔しました。ありがとうございました。」
「頑張れ、若者!」

 美海は深く頭を下げた。そして福島の家のドアをゆっくり閉めた。

「…頑張れ、美海ちゃん。」

 福島は小さく呟いた。
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