10回目のキスの仕方
* * *

 あっという間に2時になった。腫れぼったい目をひたすら冷やして、ばててしまわないようになんとか昼食を胃に押し込み、水分をとった。この時間帯の日差しをなめてはいけないのは、もうわかっている。

「…頑張って、泣かない。」

 そう決めた。前に圭介に言われたことを思い出す。

『松下さんが泣くの、苦手。』

 自分が泣くと、圭介はどうしたらよいのかわからなくなったみたいな顔をする。困らせたくない。今まで散々謝らせて、散々迷惑をかけてきた人だから。そして、大切にできるならしたいと思う人だから。

(…浅井さんの言葉、嬉しかった、な…。)

 数時間前に言われた圭介の言葉は、美海にそれ以上待ってくださいと言えなくした。

『残りは一緒に考えるし、聞くから。』

 福島が言っていたのはこういうことなのかと考える。聞く気のある人の言葉は心と耳に優しくて、勇気が湧いてくる。頑張ろうという気持ちにさせてくれる。それはおそらく、頑張った先に希望に近い何かがあると思える力に変わるからだろう。一人じゃない安心を圭介がくれる。そのことが、嬉しい。とても素直に。

「よしっ…。」

 美海は玄関を出て、鍵を閉めた。小さく拳を握って気合を入れた。階段の下には圭介が立っていた。

「す、すみません!お待たせしました!」
「大丈夫。今出たところ。行こうか。」
「はいっ!」

 今、気まずくなく、笑顔で圭介の隣にいることができるのは、全くもって自分の力ではないことを知っている。気まずさをなくそうとしてくれているのは圭介であるし、笑顔を先に向けてくれるのも圭介だ。美海はそれに乗っているだけ。

「この時期の自転車、結構汗かくよね。」
「はい…。そんなに汗っかきな方じゃないんですが…。」
「俺もそうなんだけど…。まぁゆっくり行こう。で、図書館で涼もう。」
「はい、そうですね。」

 笑顔だから笑顔を返せる。まるで鏡のように。
 夏の日差しが容赦なく降り注ぐ。痛いくらいの熱量が、肌に直に突き刺さる。その中を自転車で進んだ。
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