レオニスの泪




だけど次の瞬間、私が感じたのは、痛みや衝撃ではなくて、それを食い止める力で。


「あぶね…」

急いで階段を駆け下りて、追い付いた木戸が、正面から私をかかえるように右腕を回していて、もう片方の手は手摺りをしっかり握っている。

折角の花束は、コンクリートの上に落ちて、花びらが数枚散った。

「は、なしてください」

だが、階段に私の足は一向に着かず、少し浮いている状態のままで、木戸の腕に力がこもる。




「好きだ。」

「………」


抵抗出来る姿勢ではなく、されるがままになるしかなかった。
だが、身体は硬直している。


「…もう、仕事だから、行くけど」


少しの沈黙の後、地面にやっと下ろされて、私は急いで距離を取った。


「もう一度考えといて。」


木戸はそう言うと、落ちていた花束を拾い上げ、私に差し出す。


「ーーー受け取れません。」


自身を庇うように、肩を抱えて拒否するが、木戸はふ、と笑って、階段を数段上り、玄関の前に花束を置いた。

そして、何も言わずに、私の傍を通り過ぎていく。

ーどうして気付かなかったんだろう。

木戸の乗る銀色に光る車が、アパートの前の道路に停車している。

帰ってきた時、気付いていれば、こんなことにはならなかったのに。
帰らずにぶらぶら歩きまくっていれば、良かったのに。

見送ることもせず、私は自分の家に続く階段をじっと見上げて、タイミングの悪さを呪う。

エンジンの音が遠ざかると、今更になって足から始まり、全身が、震え始めた。


「なんで、助けられてんの…馬鹿みたい…」


情けなさが、後戻りできないくらいのレベルに達していた。

何より、男というものの、力の差が歴然で、怖かった。




< 333 / 533 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop