レオニスの泪
だけど次の瞬間、私が感じたのは、痛みや衝撃ではなくて、それを食い止める力で。
「あぶね…」
急いで階段を駆け下りて、追い付いた木戸が、正面から私をかかえるように右腕を回していて、もう片方の手は手摺りをしっかり握っている。
折角の花束は、コンクリートの上に落ちて、花びらが数枚散った。
「は、なしてください」
だが、階段に私の足は一向に着かず、少し浮いている状態のままで、木戸の腕に力がこもる。
「好きだ。」
「………」
抵抗出来る姿勢ではなく、されるがままになるしかなかった。
だが、身体は硬直している。
「…もう、仕事だから、行くけど」
少しの沈黙の後、地面にやっと下ろされて、私は急いで距離を取った。
「もう一度考えといて。」
木戸はそう言うと、落ちていた花束を拾い上げ、私に差し出す。
「ーーー受け取れません。」
自身を庇うように、肩を抱えて拒否するが、木戸はふ、と笑って、階段を数段上り、玄関の前に花束を置いた。
そして、何も言わずに、私の傍を通り過ぎていく。
ーどうして気付かなかったんだろう。
木戸の乗る銀色に光る車が、アパートの前の道路に停車している。
帰ってきた時、気付いていれば、こんなことにはならなかったのに。
帰らずにぶらぶら歩きまくっていれば、良かったのに。
見送ることもせず、私は自分の家に続く階段をじっと見上げて、タイミングの悪さを呪う。
エンジンの音が遠ざかると、今更になって足から始まり、全身が、震え始めた。
「なんで、助けられてんの…馬鹿みたい…」
情けなさが、後戻りできないくらいのレベルに達していた。
何より、男というものの、力の差が歴然で、怖かった。