蝶は金魚と恋をする
なんとか一琉が作ってくれたホットケーキを飲み込んで、支度を整えて玄関に向かう時も、一琉の視線は書類に落ちたままだった。
寂しい……。
「一琉………」
不安で呼びかけるとようやく一琉は顔を上げた。
「……いってきます…」
小さく呟くと一琉は柔らかい微笑みを私に向ける。
「いってらっしゃい……、待ってるね…」
どこか気持ちのない言葉。
後ろ髪引かれながら玄関を出て、古く錆びた階段を降り始めると。
曇天の空が今の気持ちみたいに泣き出しそうな感じで。
寂しさに拍車をかけるその下をなんとも言えない気持ちを抱えて歩いて行った。
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「なぁ、凪ちゃんと何かあったか?」
凪が出て行って、しばらくしてから秋光が口を開く。
「……プロポーズしただけ」
「で…、断られた?」
「保留だよ」
秋光が苦笑いで俺を見つめて部屋をぐるりと見渡した。
「お前に、こういう生活が出来ると思えないけどな……」
「するよ……。凪が望んでくれるなら……、傍にいれるならね」
「いい加減、凪ちゃんに説明しろよ」
呆れ顔の秋光に、黙れ。と言う牽制の睨みを利かすと、秋光は溜め息混じりに肩をすくめた。
言って凪が手に入るならいくらでも言うよ。
でも……、凪は離れていきそうで恐いから。
凪が欲しくてたまらない……。